6-2

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 住宅街は騒然としていた。静かな通りに救急車のサイレンが鳴り響き、それが引きあげた後には、何台ものパトカーが溝口家の前に到着したのだ。平日の夕方、それも土砂降りの雨だというのに大勢のスーツ姿の男たちが慌ただしく走り回っている。

 近所の住人たちは興味津々といった様子で窓から顔をのぞかせていた。しかし誰一人として外に出てくる者はいなかった。家にいた人間はみんな玄関の鍵を施錠し、テレビのチャンネルをニュース番組に合わせていた。

 おそらく近所で殺人事件が起こったことと、その犯人が逃亡中であることが彼らをそうさせているのだろう。

「伊崎君、大丈夫かなあ」鈴木が沈痛な面持ちで言う。彼と丸山は溝口家で起きた事件について、近所の家での聞き込みを終えた直後だった。「お腹を刺されたんすよね。痛かっただろうなあ。無事に助かるといいんすけど」

 現場の様子と周囲への聞き込みからわかったのは、老人を殺し純也に重傷を負わせたのは間宮で、その間宮を殺したのは溝口だということだった。

 溝口は間宮を殺した後、救急に連絡して行方をくらませた。車で走り去る溝口の姿を見たという証言は得られたが、その後の足取りはつかめていない。

 最も驚くべきことは、溝口の部屋からプレイキラー事件の被害者たちの遺体を映した写真が、何枚も出てきたことだった。

 溝口との仲の良さに嫉妬した間宮が純也を刺し、その際止めに入った父親が巻き添えで殺されてしまった。遅れて現場に駆けつけた溝口は、父親を殺されたことに逆上し間宮を殺害した、というのが捜査本部の読みだった。

「まさか溝口がプレイキラーだったとは驚きっす。どうして間宮をかくまっていたんすかね」

「二人は以前から恋愛関係にあったと、宮原巡査部長から報告があっただろ」

「恋人かあ…、本当すかねえ」

「なにか気になることでもあるのか」

「この前、伊崎君と溝口が第一発見者として警察署に来たときに、二人が一緒にいるところを目撃したんすけど。溝口が伊崎君を見るときの目があまりにも優しかったので、この人伊崎君のことが好きなんだろうなあって思ったんすよ。だから間宮と恋人だったってのがちょっと信じられなくて」

「お前、どうしてそれを早く言わないんだ」丸山が非難する。鈴木という男は時々こんな風に丸山よりも鋭い観察眼を発揮するのだ。

 すみません、と鈴木が頭を下げたところで、丸山のスマートフォンが振動した。

 大橋からだった。

「あ、丸山さん。今いいですか。溝口家で殺された老人について、ちょっとびっくりすることがあったので、捜査本部に報告する前に聞いてほしくて」

「どうした?」

「絶対びっくりしますよ。僕も話では聞いたことはありましたけど、実際に目にするのは初めてでしたから」

 丸山がうんざりした顔で急かす。「頼むから用件だけ話してくれ」

「病院から送られてきたカルテを確認してひっくり返りました。あの老人、溝口さんのお父さんではありませんでした」

「どういうことだ?」

「名前は日高時雄。一九七七年生まれの四六歳です」

「四六歳?」丸山は眉間にしわを寄せた。脳裏には事件現場で倒れていた老人の顔が浮かんでいた。濁った眼の白髪頭の老人だ。どれだけ若く見積もっても七十代が限度だろう。「どう見たってそんな年齢には見えないが」

「ウェルナー症候群って聞いたことありませんか? 遺伝性の疾患で、思春期を過ぎたあたりから急速に老化が進んでいくように見える病気のことです。二十代くらいから白髪や白内障、皮膚の硬化といった症状が現れるんです」

「つまり、ほかの人間よりもずっと早く歳を取るということか」

「そういうことです。通院していた病院のカルテによると、日高さんの体内には悪性の腫瘍があり、余命がいくばくも無かったみたいです」と大橋が電話の向こうで頷いた。「溝口って男、何者ですか。赤の他人である日高さんと同居していたうえに、そこに若い男を連れ込んで、挙句殺しちゃったわけでしょう。そうとうやばいですよ」

「そうだな」丸山が短い相槌を打つ。またなにかわかったら連絡してくれ、と言い残して通話を終えた。「鈴木」

「はい。なんすか」

 丸山は大橋から聞いた話を手短に伝えた。「至急、病院に行って日高時雄について聞いてこい」




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