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久しぶりに会った時雄の風貌はすっかり様変わりしていた。私と殺人を犯していたときのような溌溂な笑顔は消え失せ、黒い大きな瞳はどろりと濁った色をたたえている。表情の変化も乏しい。まるで生きながら死んでいるかのようだった。
驚きはなかった。むしろ当然だと思った。恋人に捨てられ、両親からも見放されれば誰だってそうなる。もちろん原因はそれだけではないのだろうけれど。
私は彼が寝ているベッドの端に腰かけた。スプリングが軋んで、ぎいっと音を立てる。白い清潔なシーツに皺が寄った。
「伊崎さんの赤ちゃん、無事に産まれたんだって。元気な男の子」
写真を撮ってくればよかったね、と微笑みかけてみたが、彼は顔をそむけたまま一度も私に目を向けることはなかった。話しかけるな、という意思表示らしい。
脅しだと思われたのだろうか。
しかし私は伊崎佳織が無事に出産したことを心の底から喜んでいた。だって時雄の子供なんだから、きっと彼のような美しい男になるに違いない。それが楽しみでしょうがなかった。
私は時雄に訊いた。
「まだ伊崎さんに会いたい?」
時雄は答えない。
彼と佳織が別れたのは私たちが高校を卒業してすぐのことだ。原因はもちろん、私が彼女に見せた写真だ。時雄が死体と一緒に写っている写真を見た彼女の反応は、今でも忘れられない。
それきり二人が会うことはなかった。時雄が彼女の出産に立ち会うことも、佳織が病に倒れた時雄を見舞いに来ることもなかった。結婚を誓い合っていた二人の関係は完全に消滅してしまったのだ。
「伊崎さんはもう二度と時雄には会いたくないって言っていたよ。君がいなくても一人で生きていけるって」
私は彼の右の耳に唇を近づけ、言葉をつづけた。
「君は一人では生きていけないのにね。でも心配しないで、僕がいるから」
時雄の手が私の胸倉をつかんだ。けれどその手はあまりにも弱々しく、かすかに震えていた。時雄が絞り出すような声で言った。
「ぶっ殺してやる」
私は答えた。
「時雄になら、いいよ」
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