3-3
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嫌な目をしていると思った。
ひどく虚ろで、それでいて攻撃的な目。そこに宿るのは愛する者を失い、そして復讐を心に誓った人間だけが持つ、暗く冷たい光。
取調室の向かいに座る純也の目はまさにそれだった。もしも今、目の前に間宮が現れたら、この男はきっと…。
丸山は腕組みをして椅子の背もたれに背中を預けた。「お前はどうして警察に通報した後、警官の到着を待たずに現場に踏み込んだ?」
「とてつもなく嫌な予感がしたからです」純也は机の上に視線を落としたまま答えた。「あの家の周囲に漂っていた腐乱臭は、三島咲月さんの遺体を発見したときに嗅いだ臭いとまったく同じでした」
そんな言い訳が通用すると思っているのか。たとえ死臭が漂っていようが、持ち主の許可もなく住居に侵入するのは犯罪である。それに警察官ともあろうものが現場を荒らすなど言語道断だ。…という風に言ってやりたいことがたくさんあったが、なぜか彼の口から言葉は一つも出てこなかった。
丸山の脳裏に亀岡の言葉が蘇った。
「たしかにあいつは現場を荒らしたけど、あんまり責めないでやってくれよ。両親のあんな無残な死に姿を見てしまったら、そりゃあ誰だって心が壊れるさ」亀岡は同情心を隠そうともせず、そう言った。「あいつ、警官が到着したときも、遺体のそばを動こうとしなかったらしい。蠅や蛆虫で溢れ返っていた、あの部屋の中をだぞ? 応援でやってきた刑事が二人がかりで、ようやく現場から引き剝がしたんだと」
丸山はため息をついて頭をかいた。
アリバイや目撃証言、遺体発見時の状況などの質問に対する、純也の受け答えは明瞭で、淀みがなかった。声色も態度も落ち着いており、亀岡の言うような心が壊れた様子は見受けられない。
丸山にはそれが逆に気味が悪かった。
充血し血走った目や、こけた頬、目の下のどす黒い隈。外見だけ見れば、明らかに常軌を逸している人間の口から、冷静で淀みのない言葉が紡ぎだされる。そのちぐはぐさが、相対する者に不気味な違和感を抱かせるのだ。
取調室内には純也の身体に染みついた死臭と、重苦しい空気が漂っていた。
「あのご遺体、身に着けていた所持品から身元が判明したよ。伊崎茂さんと吉野美代子さん、つまりお前のご両親で間違いないそうだ」
純也は俯いたままなにも答えない。
「ご両親と連絡が取れなくなったのはいつだ?」
「六月二十九日の夕方ごろです。職場に確認したら、二人ともお昼過ぎくらいに早退していたそうです」
「早退の理由に心当たりは?」
純也が無言で首を振った。
「お前の家庭はずいぶん複雑なんだな。ご両親とは血が繋がっていないんだって?」
「僕の本当の母親は、伊崎佳織さんという女性です。シングルマザーだった彼女は、父と結婚したのですが、それからしばらくも経たないうちに僕を置いて、父のもとから去ったそうです。そのあとに父は、母──美代子と一緒になったと聞いています。籍は入れていない。いわゆる事実婚の状態ですが。あの、それがなにか」
「お前の母親はずいぶん心が広い人間なんだな。ふつう十六年も連れ添った男に捨てられたら、よりを戻す気になんかならないだろ」
「…どういう意味ですか」純也はようやく顔を上げた。大きな目を瞬かせる。
「茂と美代子は今から四十三年前、二人が二十三歳のときに、一度結婚している。それから十六年後、三十九歳のときに離婚し、茂は伊崎佳織と結婚。その後、佳織が失踪し、茂は美代子とよりを戻して、内縁関係を結んだ。…奇妙だとは思わないか」
「両親がかつて結婚していたというのは初耳です。たしかに少し変だとは思いますが、それが今回の事件となにか関係があるんですか」
「さあな。単に俺が気になったから聞いただけだ。そのあたりのことを両親から聞かされた覚えはないか」
純也は首を横に振った。「ありません。実の母親についても、名前を知っている程度のことなので」
なにかを隠している様子はない。この件に関しては本当に知らないようだ。
「そんなことより、丸山刑事」純也は机の上に身を乗り出し、彼にだけ聞こえるような小声で言った。「僕の両親を殺したのは間宮ですよね。だって三島咲月さんのときと縄の結び方が全然違います。それにプレイキラーが、ただ頸動脈を切るだけだなんて、芸のない殺し方をするとは思えません。そうでしょう?」
「間宮はつい昨日、森京香への殺人未遂で全国に指名手配されたから、見つかるのも時間の問題だろう。それ以外のことについては、悪いが俺からはなにも言えない」
「被害者遺族にもですか」
「お前も警察官ならわかるだろ」
純也がため息をつく。椅子の背もたれがギイッと軋んで音を立てた。「阿川にはまだ話を聞けていないんですか」
──まだ?
純也は今、『阿川に話を聞けたのですか』ではなく、『阿川には“まだ”話を聞けていないんですか』と言った。これは阿川が警察に非協力的な態度を取っていることを、知っていなければ出てこない言葉だ。
「まさかお前、阿川と接触したんじゃないだろうな」
「取りつく島もありませんでしたが」
丸山は純也の肩口を掴んで自分の方に引き寄せた。「いいか伊崎、お前は今すぐこの事件から手を引け。事件の捜査は俺たち刑事課の人間の仕事だ。宮原巡査部長に迷惑をかけたくないだろ」
純也はなにも言い返さなかった。しかし彼の反抗的な目は、命令に従うつもりはないということを、はっきりと示していた──そんな脅しが通用するとでも?
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