ヘッドライトに照らされ、車のすこし先を、落ち葉の塊のようなものが、通りすぎていった。軽く開けていたウィンドウから、車内にぱちんと弾けた音がした。乾いた落ち葉の音でもかまわなかったが、ともするとふくらんだ、肉の風船がつぶされる音でもかまわなかった。




すずしい秋の季節に、冬眠するつもりで、寝床ねどこを探しにい出てきた、目の見えないモグラ。土をくための爪で、掘ることもできないアスファルトを、おぼれるようにすすむ。




音は枯葉の塊が潰される音でかまわなかった。ただ、肉の風船が、ぱちんと弾ける音でもかまわなかった。


わたしは駐車場に車を停めたら前輪のあたりを確認しようと思って、しばらく車を走らせていたが、目的地があまりに遠すぎたせいで、結局そのことを忘れてしまった。そもそも、そんな塊は道になかったかもしれない。音もエンジンがうなる音だった気がする。そういえば、モグラは目が見えない分、触覚が発達していて、少しでも普段と違う振動や音があると、決して土の上には出ようとしない臆病な動物だと聞いた覚えがある。そんな生き物がアスファルトのうえにい出るはずもなく、すぐにモグラも頭の中のイメージに過ぎなくなった。


こうやって全てが過ぎ去り、風とともに消えていく。音はどこにも残らない。

目的地には予定通りながくかかった。わたしは車を駐車場に停めると、予約していたホテルに向かって歩きだした。




そのとき、ふと前輪に泥のようなこびりつきがついているように見えた。毛羽立けばだった粘り気のある泥。わたしは驚いてタイヤに顔を近づけた。




何もついてはいなかった。くたびれたゴムの摩擦まさつの匂い、指でぜると不快な弾力がある。

やはりなにもなかったのだと、頼りない安心感が背中にながしこまれ、わたしはまたホテルに向かって歩きだした。


しかし、頭の中では、あの乾いた音を、必死に探そうとしている私がいた。

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