番外 遥かな未来
空中を浮遊しながらの魔法戦が行われていた。空を飛ぶ片方は美人な女で、もう片方はちょっと悪そうな顔をした男。男はなんとなく悪そうな笑みを浮かべながら女に向かって魔法を放ち、女はそれを避けるのに必死で全く反撃することもできず……避けきれなくて魔法が直撃した。
「あぐっ!?」
「はははは! またお前の負けだな! 落ちこぼれで情けない奴だな」
「なんでこんな実力がない奴がこの学園にいるの?」
「さぁ? 家の力じゃないか?」
「あー……アンセム家だからか」
地面に激突して苦しんでいる女のことを散々笑いものにしてから、男を中心とした複数人のグループは去っていった。
「っ! ぁあああああああっ!」
それに対して、彼女は魔法が直撃した苦しみと痛み、なによりも馬鹿にされ笑いものにされたまま放置された事実に地面を叩いていた。
「大丈夫?」
流石に放っておけないので手を差し伸べてやると、弾かれたように顔を上げてこちらを見つめる目が、物凄く彼女に似ていて、なんとなく苦笑いが浮かんでしまった。
「だ、誰ですか? ここはクロノス学園の敷地内ですから……関係者以外は立ち入り禁止ですよ?」
「あぁ……怒られちゃうかも」
「いや、怒られちゃうかもじゃなくてですね……」
「大丈夫だって、ほら立てる?」
手を握って立たせてやると長い金髪が風に揺れるのが見えた。こんなんだから、俺もなんとなく手を貸してやらないとって気分になったんだよな……我ながらちょっと馬鹿と言うか。
「あの……ありがとうございます」
「うん。それにしても君、アンセム家の人間なのに浮遊魔法は下手糞だし、そもそも魔力の扱い方が雑だし……見てられないような戦い方するね。自爆特攻でもした方がまだマシなんじゃないかってぐらいには下手糞だ、おっと」
素直に酷評してやったら殴りかかられたので、ひらりと避けたら怒りの感情が籠った目でこちらを睨みつけてきた。なにが彼女の心に触れたのか……弱いことを指摘されたからではなさそうだが……もしかして、アンセムの名前が彼女を縛り付けているのかな。
「なんなんですか! いきなり出てきた不審者が、優しくしたと思ったら酷いことを言ってきて!」
「事実だからな」
「もういいです! 助けてくれたから通報はしないでおこうと思いましたが、すぐにでも通報しますから!」
「……アンセム家は嫌い?」
俺のその言葉に、彼女は動きを止めた。
「大嫌いですよ。先祖のテオドール・アンセムに恥じないように生きろなんて、そんなことできる訳がないのに……そもそも神話みたいな話に出てくるような人間と血が繋がっているかどうかもわからないんですよ?」
「……いや、君は間違いなく血は繋がってるよ」
「はぁ……何を根拠に言ってるんですか? 貴方みたいに人に絡まれるなんて、今日は厄日ですね」
おー……普通に毒吐かれた。
「ねぇ、君の名前はなんて言うの? 俺、アンセムだってことしか知らないんだけど」
「はぁ……アリエス・アンセムです。貴方は?」
「俺の名前はテオドール・アンセム……今日からよろしく、アリエス」
「は?」
物凄い胡散臭いものを見るような目を向けられてしまった。自分の子孫にこんな目を向けられるなんて普通に傷つくよ。
「信じられる訳ないでしょ」
「そりゃあそうだ」
テオドール・アンセムと名乗ったら、滅茶苦茶胡散臭いものを見るような目を向けられた後に、馬鹿なのかと言われながら信じられるかと罵倒されてしまった。俺としては別にアリエスが信じてくれる必要なんてなくて、ちょっと人生に苦労している子孫にアドバイスしてやろうぐらいな気持ちなんだけどね。
「いいですか? 助言は聞きますけど、怪しい先祖面はやめてください。私は反吐が出るくらいにテオドール・アンセムが嫌いなんですから」
「ひでぇ……なんでそんなに嫌われてんの?」
「子供の頃から虐待に近いような教育受けさせられた原因が、テオドール・アンセムに恥じないように生きろだからです」
あー……まぁ、何世代も時が過ぎることでいつしか俺の名前そのものが呪いになっちゃったみたいなもんか。
「んじゃ、まずは浮遊魔法とか以前に魔力の扱い方からだな」
「私でも魔力ぐらい使えます」
「使い方がなってないって言ってんの。ま、これはこの平和な時代だから仕方ないのかもしれないけど……魔力なんてただ使うだけでしかないもんな」
神が消え、クラディウスが消えたことでこの世界は順調に平和になった。争いこそが人間の進化の歴史とは誰が言ったことだったか……とにかく、大規模な争いが起きずに平和に過ごしてきた人間たちは、魔法に関する技術が進んでも魔力を操作する技術が大幅に落ちている。最近では魔力なんて魔法のおまけでしかないからな。
「グリモア使える?」
「……グリモアとかいつの時代の話してるんですか? 天族の魂は既に全てが消滅して、人間の内側からは消えています。だからグリモアを使える人間なんて現代にはいませんよ」
「そんな訳ないじゃん。そもそも人間は内側に天族の魂がなければ魔素を魔力に変換できないんだから」
「は?」
「ほい」
俺が特定の魔力波をアリエスの身体に送り込むと……魂の内側で眠っていた天族の力が目を覚ます。
『ぶはっ!? な、なに!? なんだいきなり!?』
「え!? なに!? 頭から声がするんですけど!?」
「おはよう、そして……久しぶりだな、ガルガリエル」
『テオドール? あー……なんだよ気持ちよく寝てたのに』
「寝すぎだな」
まったく……エリッサが死んでから何年経ってると思ってんだ。
久しぶりに会ったガルガリエルと会話していると、アリエスがこちらを見つめていることに気が付いた。いきなり身体の内側に天族を目覚めさせるのはやりすぎたかな。
「テオドール……本当に、テオドール・アンセムなんですか?」
「なんで?」
「だって、私の中からする声が本当に天族のものだったとしたら、その声が貴方を名乗る前にテオドールと呼んだじゃないですか!」
「おぉ……そうだな」
なんの違和感もなかったから放置してたけど、ガルガリエルは俺のことをテオドールって呼んでくれてたな。
「どうして……まさかあの書物の通り、テオドール・アンセムは……人間の姿を模しているだけの神だって話は本当なんですか? アンセム家が神の血を受け継ぐ一族だって言うのは……本当?」
「かなり曲解して伝わってるな、これは」
そんな本、誰が書いた。
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