番外 彼女の底へ

太陽の天球ガルガリエル!」

『……へったくそだなぁ』

「そう言うなら手伝ってよ!」

『いや、テオドールに手伝うなって言われてるし』


 かつて俺の妻だったエリッサが持っていたグリモアである太陽の天球ガルガリエル。大小9つの天球を自在に操り、攻防一体の戦闘を可能にする非常に有用な力だが……今のアリエスには非常に鈍いスピードで直線的に、しかも身体から少し離れ場所までしか飛ばすことができない。あの感じでは、人に当たってもちょっと熱された電球ぐらいにしか感じないだろうな。


「はい休憩」

「も、もう?」

「あぁ……このまま続けていても、多分無駄だろうからな」

「う……」


 魔力の扱い方が下手糞だって話は放っておくとしても、そもそもグリモアの存在そのものを扱う力が致命的に足りない。グリモアとは魂に根差した天族の力なので、しっかりと扱うには自らのルーツを理解しなければならない。別に魂で操るとか、そんな滅茶苦茶な超感覚を要求される訳ではないが、自身のルーツを知らずに扱うグリモアなんて、弾丸を入れていない銃火器みたいなもんだ。的に当たるとかそういう問題以前だな。


「アリエス、君は自分の力の根源がなんであるのかを理解していない。簡単に言うと……自分を知らなさすぎる」

「自分を知らないって言われても、私は私ですし」

「なら自分が得意な魔法は?」

「……飛行魔法?」

「あれで得意な魔法だったら多分魔法扱うのやめた方がいいよ」


 あんなフラフラ飛行してるのに、よく得意なんて言えたな。現代の魔法使いたちはみんなあんな感じかと思ったけど、全体的にレベルが低い中でも更にレベルが低かったよ、アリエスは。


「まずは君に自分の底にある自分自身の源を理解してもらわないといけないな」

「どうやるの? 瞑想でもする?」

「ちょっと手荒だけですぐに終わるのと、時間はかかるけど安全な方法、どっちがいい?」

「すぐに終わるの」


 はいはい……けど、自分で選んだからには後悔するなよ。

 自信満々って顔ですぐに終わる方法を選んだアリエスの額に、俺の指が触れる。いつの間に近寄ってきたのだと言わんばかりに目を見開いたアリエスが、俺の手を振り払おうとして……足元が崩れて謎の空間に落ちていく。


「な、なによこれっ!?」

「言っておくが、本当に手荒だからな」


 アリエスと一緒に落ちていきながら、俺は魔力を練り上げ……広げるように爆発させる。

 俺の魔力爆発と同時に、世界に色が付いてアリエスと俺は同時に地面に着地する。そこは平穏な平原……緑に覆われた地面が続き、視線の先には少し大きめの家が建っている。


「これは……ここはどこ?」

「ここは君の内側……魂が持つ原始風景を形にしたもの。あの家は?」

「……アンセム家の、屋敷? でも、なんでこんな平原の中に……」

「ここは君の心の中、魂の内側だからね。風景に整合性なんてないのさ」


 平原と屋敷こそが彼女の心の底にあるルーツなんだろう。しかし……平原の中にポツンと家があっても別になにかおかしい所はないはずなのに、非情に歪に見えるのはきっと彼女の中で、正反対の場所だからなんだろう。


「ここ……お母さんと、何度も遊びに来た平原」

「お母さんはアンセム家の女性?」

「違う。アンセム家の当主は優秀な人間を……テオドール・アンセムに恥じないような子孫を残す為に、多くの女性を娶って子供を産ませる。初代当主であるテオドール・アンセムの栄光に泥を塗らないこと……それがもっともアンセム家にとって大事なことだから」


 いや、いつの間に俺がアンセム家の初代扱いになってんだ。父さんだって普通にアンセム姓だったし、なんならアンセム姓は元々母さんのものだから、ただの農民だぞ。


「なんで初代様に私がこんなこと説明してるの? 初代なんだから知ってて当然じゃないの?」

「いや、元々は農民の母さんの姓だし」

「え……嘘でしょ? そもそも両親がいるの?」

「当たり前だろ。俺は後天的に神の力を奪っただけで、元々は人間だし」


 余りにも歴史が歪みすぎていると言うか……誰かが俺の名前を使って権力を手に入れようとした結果なんだろうな。別にそれについてなにか文句を言うことはないけどさ……如何にも人間らしいじゃないか。


「なら貴方が複数人の優秀な女性を侍らせて、優秀な子供を残す為に孕ませてたって言うのは?」

「いや、確かに俺は奥さんが4人いたけど、全員と恋愛結婚だったよ。正妻……と言うか最初に結婚したのがクーリア王国の王族だったからそういう捉え方されても文句は言えないけど」

「クーリア王国……確か、数千年前に滅びた?」

「そうそう」


 アリエスに色々と説明しながら俺はざくざくと平原を進んで、アンセム家の屋敷とやらの前に到達する。大きな門を前にして、アリエスがたじろいだのを確認してから、俺は無造作に門を開く。


「わぁお……これはまた、趣味が悪い」


 門を開いた先に広がっているのは、幼い姿をしたアリエスが大人に殴られて地面を転がる様子だった。


「これは?」

「……アンセムの血を引くものとして、最低限の力を持たないお前は駄目だと言われて……何度もこうやって血を吐くまで特訓させられた」

「他の子供たちは?」

「同じ」


 しばらく眺めていると……地面の砂を握りしめたアリエスが叫び出し、全身から炎を放って屋敷を燃やしていく。戦っていた大人が怒りの形相のまま燃え尽き、ただ悲痛な叫び声を上げながら炎を放つアリエスだけがいた。

 これが彼女の持つ原始風景……彼女の根源にあるもの。彼女の根源にあるものは、自分の身すらも焦がし尽くすような熱量の怒りと憎しみ。アンセム家に対して彼女が持っている怒りこそが、彼女の力の源だ。


「……帰ろうか」

「なんで?」

「そろそろ休憩が終わりだから」

「どうして? まだ全部燃やしてない」


 ふむ……自分の心の中を覗いて少し影響されてしまったみたいだな。燃えながら崩れていく屋敷を眺めながら、彼女は全身からチリチリと火の粉をまき散らしながら俺の言葉に強く反応する。


「心の中で燃やしても意味無いぞ」

「だったら現実で燃やせばいい。全部、全部……私から全てを奪ったあの家を!」

「そんなことしても失ったものは返ってこない」

「邪魔するな!」


 いきなり殴りかかってきたが、俺の目の前で拳が止まる。


「先祖様に殴りかかるなんて失礼な奴だな。ちょっと目を覚まさせてやるよ」


 子孫だとしても俺は容赦しないからな。

 怒りの炎に飲み込まれたアリエスは、動揺した表情のまま数歩後退って……俺に思い切りぶん殴られた。



「ぶはっ!?」


 現実に戻ってきたアリエスは錐揉み回転しながら吹き飛んでいって、学園の壁をぶっ壊して校舎の中に突っ込んでいった。


「あー……後で時間を戻して直しておくか」


 流石に学校を破壊したのは直しておかないとな。

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