番外 ある日の事件

「テオドール、ちょっといいかしら?」

「んー?」


 何もすることがなくて暇だったので、庭で長女と遊んでいたらエリッサに呼ばれてしまった。


「勝ち逃げ!」

「おー、また今度な」


 誰に似たのか、物凄い勝気で俺に勝つまで絶対に辞めないと言ってくる娘を宥めてから、俺はエリッサの方に近づいていく。エリッサの傍にはニーナの姿もあったので、個人的な用事ではなさそうだけど……なにか問題でもあったのだろうか。


「どうした?」

「この間、王都で爆発騒ぎがあっただろう?」

「あー……なんかそんなことがあるとかないとか、言ってたな」

「その捜査協力をして欲しいって、騎士団が言ってきているらしいの」


 またか……俺が世界と繋がっている影響で、あらゆる場所で起きていることを把握していることは、近しい人間なら結構しっていることだが、たまにこうして俺の力を貸してほしいと言われることがある。


「断る」

「……今回は多数の貴族が巻き込まれた大きな事件なんだ。どうにか力を貸してくれないかい、テオドール」

「エレミヤか……」


 ニーナとエリッサの言葉に真正面からNOを突き付けたが、その背後からゆっくりとこちらに近寄ってきたエレミヤの顔を見て、思わず顔を顰めてしまった。個人的な用事以外でエレミヤが俺の所を訪ねてくるときは、大抵碌なことにはならないのだが……今回は爆破テロの犯人を見つけろって話か?


「何度も言ってると思うが、俺はこの力を無暗に使うつもりはないし、基本的に人間の社会にこの力を使って介入することは考えてない。俺と言う個人に頼むならともかく、なんの代償も払わずに世界の神に対して頼みごとができると思うなよ」

「わかってるよ。だから代償は払う」

「だから断るって言ってるんだ。どうせ軽率に自分の寿命とか言い出すんだろうが、そんなものを貰ったってなんにもなりはしないし、俺はこんな力で世界の歴史に介入したくない」


 これは俺の線引きだ。友人だから、妻だから、家族だから、知り合いだから、そんな理由で世界の神とも言える俺がほいほいと何回も人間の営みに介入することが果たして正しいことか……そんなことは少し考えれば理解できることだろう。エレミヤだって無理を承知で頼んでいるのだろうが、無理なものは無理……そこに例外など存在しない。

 俺の態度が全く変わらないことを察したのか、エレミヤは溜息を吐きながら椅子に座った。


「なら、個人的な友人として頼むよ。テオドール、事件解決に協力してくれないか?」

「人間としてなら、いいぞ」


 最近は子供の相手ばかりで暇だからな。



 事件の概要は実に単純なものだった。

 貴族たちがいつも通り金を使って王都で馬鹿みたいなパーティーを開いていたら、そこに不審人物が数名やってきて会場を爆破。犯人のうち3人はその場で爆発に巻き込まれて死亡、2人が重体で運び込まれて1人が逃亡したらしい。で、重体だって2人が夜中の間に何者かに始末されていたらしく、組織的で計画的な犯行だと考えて騎士団が追っているらしいのだが……どうも尻尾が掴めないらしい。


「爆破方法は?」

「体内の魔力を膨張させての爆発」

「自爆か」


 自爆してまで貴族を殺したいと思っている奴なんて大量にいるだろうしなぁ……問題はその正体が全く分からないって所か。

 エレミヤに連れられて爆発した現場にやってきたら、恐らくは滅茶苦茶でかい屋敷があったのであろうものは見事に骨組みだけを残して炭化していた。


「爆発の炎によって建物が燃えたんだ。当然、近くにいた人間全員で消火活動を行ったけど……炎は不思議と消えなかった。水魔法だけだと消せないなにかがあったのかもしれないけど、それも宮廷魔導士たちで調べて貰っている最中で──」

「──黒炎か」

「え」


 水魔法で消せない炎は、この世界にも沢山存在しているが……自爆と合わせてもっと簡単に発動できるのは黒炎だろう。


「自身の命を触媒として発生させる呪いの炎だ。生命を蝕み、狙った相手だけを燃やし尽くす質の悪い炎魔法の一種だが……それなら自爆と同時に簡単に発動できるし、水魔法で消せなかったのも納得できる。それに……この建物以外に延焼していないのが証拠だ」

「……いいのかい? その知識は君が神としての力を使って得たものでは?」

「知識は知識だろ」


 別にこの魔法を使った犯人を、世界の歴史から紐解いて見つけてきた訳じゃないんだからいいんだよ。それに、この黒炎ぐらいだったら古代文字が読めれば誰でも理解できる。ま、古代文字が読める学者なんてまだ殆どいないんだけどな。


「急ぐか」

「急ぐって……どこに?」

「次に狙われるのは、王族だ」


 貴族だけ燃やして終わりな訳がない。次に狙われるのは……貴族たちの更に上に位置する存在、つまり王族だ。

 言葉と同時に走り出した俺をエレミヤが背後から追いかけて来る。


「王族が狙われるって言っても、今は親衛隊もいるし魔法騎士団だって護衛についているから、流石に狙うのは無理だ!」

「いや、狙いは王族そのものじゃなく、王族の象徴である王城だ。それに、建物を燃やしてしまえば騎士団が守っていても意味無いだろ」

「それは、そうかもしれないけど!」


 王族が狙われるのならば俺に関係のない話ではない。王族からは既に離れている立場ではあるが、エリッサは元々この国の王族だった訳だからな。

 エレミヤと共に王城に突入すると、現在進行形で魔力を膨張させている奴が数人いた。


「さ、裁きを……うっ!?」

「離れろっ!」


 エレミヤの警告を聞いて剣を構えていた警備兵たちが身体を膨張させた男から離れ、直後に身体が弾け飛んで中から黒炎が噴き出す。同時に、俺の魔力が黒炎を覆う。拳を握りこむようにすれば、炎は段々と小さくなっていって……消える。


「裁きを!」

正典ティマイオス


 俺に関係があることなら使うことだって躊躇ったりはしない。自分が勝手に引いた線引きであって、神として厳格になにか誓った訳でもない。今から自爆しますって感じの3人に対して正典ティマイオスを振るえば、膨張させていた魔力は搔き消える。根本から断ち切ったので、二度と魔力は使えなくなってしまうかもしれないが俺的には問題ない。すぐに正典ティマイオスを消して、魔力の鎖で犯人たちを縛り上げる。


「自爆できないように魔力を根本から消した。これで好きに拷問でもしろ」

「と、捕らえろ!」

「……テオドール」

「俺に任せろ。敵は確実に殺す」


 悪いとは思いながらも正典ティマイオスを使って世界と繋がったら、連中が次にエリッサを狙っていたことを知ったのでもう容赦するつもりはない。

 次元を裂く魔法を使って俺は1人で犯人の親玉の元へと向かおう。家族の平和を乱す奴には、慈悲など必要ないのだから。

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