第189話 約束したから
荷物を整理して俺は旅の準備をする。
季節的にも外はかなり寒いが、早朝の内に外出すれば誰にもバレることなく出かけることができるだろう。さっさとこの問題に決着をつけて、学園に帰ってこよう……ま、出席日数が足りなくてそろそろ留年させられるかもしれないけど、そうなったらさっさと学園は辞めるかな。
『誰に言わなくてもいいのか?』
「あぁ……これは他の連中には関係ない。俺の……テオドール・アンセムにしか関係のない話だからな」
ルシファーは仲間たちに伝えなくていいのかと何度も聞いてくるが、その必要性を感じない。これは世界の終わりに立ち向かう訳ではなく……ただ、俺が許せない敵を殴りに行くだけだからな。
片手に握り締める古書館から持ち出してきた古代文字で書かれた古書。元々はクラディウスについて細かく書かれていると思っていた本だが……ここに書かれていたのは西側諸国に存在する巨大な世界の穴に関する話であった。
「世界の穴……その向こう側に神がいる」
『……私たちの敵か』
「ルシファーも別についてこなくもいいんだぞ」
『馬鹿を言うな。私は以前から見下ろしてくる奴が気に入らなかったんだから、ついていくに決まっているだろ』
そうか……ま、ちゃんと真正面から殴れるといいな。
クラディウスについて書かれてると思っていた古書には、同時にクラディウスの名前の元になった「最果て」についても書かれていた。遥か昔に天からの光によって開けられた世界の穴……中から魔獣が無限に湧いてくると言われるその穴は、最果ての地へと繋がっていると言われていたらしい。そこは安寧の地とも地獄のような場所であるとも言われていたらしいが、実際に中に飛び込んだもので戻ってきた者は1人もいない。しかし、俺はその先に神がいることを確信した。穴の向こう側にあるのは天国や地獄ではなく、世界の外側だ。
古書を片手に寮をこっそりと抜け出し、校門を飛び越えて外に出ると……そこにはエリッサ姫がいた。
「おはよう。随分と早起きなのね」
「……なんで」
今回の行動は誰にも言っていない。それどころか、世界の向こう側に続く穴について解読したことすらも誰にも伝えていないのに……なんでエリッサ姫が俺の前に立っているのだろうか。
あまりに自然な感じで立っているエリッサ姫だが、まだ太陽が昇っていないので表情は上手く見ることができないが……かけられた言葉があまりにも穏やかだったので俺は逆に動けなくなってしまった。
「ねぇ、何処に行くのか聞いてもいい?」
「駄目だ。この件には絶対に巻き込みたくない」
「そう……なら推理してあげる」
そう言いながらこちらに近づいてきたエリッサ姫の顔は酷く穏やかで、まるで日常の中で出会ったみたいな雰囲気を醸し出している。しかし、謎の威圧感があって俺はその場から一歩も動くことができない。
「神って貴方は言ってたわね。この世界にはきっと神様がいて、貴方はその存在を嫌悪している。きっと貴方がこの世界に魂だけでやってきたことに関係があると思うのだけれど……じゃあ、貴方は今から神を殺しに行くのね」
「いや、俺は……」
「そしてその場所は世界の外側。きっと貴方以外のこの世界の人間が行けば……形を保っていられる保障はない。なにより、因縁があるのは自分だけだから、自分で決着をつけにいくってところかしら?」
凄いな……エリッサ姫は俺のことをよく観察しているらしい。あんまり考えていることとか表情には出ないと自分では思っていたんだけど、もしかしてそんなことないのかな。
「ちなみに、貴方は考えていることが顔には出ないけど、露骨に仕草に出るわよ」
『そうだな……確かに、そんな感じではある』
そうなのか……知らなかったな。
「ねぇ、私は役に立たない」
「うん、役立たず」
「そっか」
そうだ……俺の仲間たちはしっかりとしたこの世界の人間で、神と相対するにはあまりにも無力なんだ。だから連れて行くことはできない……エリッサ姫も、エレミヤも、父さんや師団長みたいな実力者であったとしても全員が足手纏いでしかない。それだけ、神というのは高次元の存在なんだ。
俺がはっきりと役立たずと断言したら、エリッサ姫は柔らかく笑いながら近づいてきて……俺の身体を正面から抱きしめてきた。
「ほら、ちゃんと抱き返してよ」
「お、おぉ……うん」
取り敢えず言われた通りにエリッサ姫の身体を抱きしめてやると……なんとなく温かくて柔らかいって感想が出てきた。そう言えば、俺はエリッサ姫たちの誰を正妻にするのか決めろって言われてたけど……実際にこうやって恋人みたいなことってしたことがないな。
抱きしめ合ったまま何度か呼吸をしていたら、いきなり背中を叩かれた。
「ふふ、ビクともしない」
「いや……ビクともしないのは本当だけど痛みはあるんだからね?」
背中がジンジンと痛むが……なんとなくこの痛みがエリッサ姫たちに何も言わずに出て行こうとした俺を責めるような感じがして、罪悪感が同時に襲ってくる。
「よし! 行ってらっしゃい」
「え」
俺の身体から離れたエリッサ姫は、俺の横を通り抜けて笑顔で振り返りながら「行ってらっしゃい」と言った。
「どうしたの?」
「いや……その、止められるものだと」
「止めないわ。だって言って聞くような人じゃないし、実際に貴方が個人的に持っている因縁なんでしょう? それは私たちが邪魔するものじゃないと思うから。でも、誰にも言わずに出ていくなんて駄目だと思ったから私は挨拶しに来ただけよ」
「その……どうして?」
わからない……エリッサ姫が今、何を考えて俺と相対しているのかさっきから全く理解できない。そんな俺の困惑を読み取ったのか、エリッサ姫は小さく笑っていた。
「仕事に出かける夫を家から送り出すのは妻のやることって、私は小説で学んだわよ?」
「あー……また偏った知識?」
「でも、これに関してはそれほど偏っていると思っていないけど?」
確かに……エリッサ姫の恋愛知識なんて基本的に少女漫画的な小説しかないと思うけど、今回のことに関しては多分普通の人たちもやっているぐらいだからな。しかし、エリッサ姫がはっきりと夫とか妻とか言うと、なんとなくこっちが恥ずかしくなってくるな。
「あ、そうだったわ」
「ん?」
これで話は終わりって感じの雰囲気を出していたエリッサ姫が、唐突に何かを思い出したように懐から何かを取り出し……こちらに投げ渡してきた。ちょっと慌てながら飛んできたものを片手で掴んだ俺は、手の中にあるそれを見て首を傾げた。
「これ、なに?」
手の中にあったのは小さな袋だった。中にはなんか少し硬いものが入っているようだが……なんなのか全くわからないんだけども。
「この間、貴方に見せたでしょ? エタニティリング、だっけ?」
「あ」
じゃあこれ、結婚指輪ってこと?
「それ、クーリア王家に伝わるものなんだからしっかりと返してね」
「……あぁ!」
返す為にここに帰ってこいってことね。なんか死亡フラグな気もするけど、こういうのもいいな。
俺はそれ以上エリッサ姫には何も語らずにそのまま背中を向けて歩き出した。しかし……さっきまであった罪悪感は全て消え去っていた。
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