第190話 機械天使

 西側諸国とクーリア王国の国交は断絶状態である。俺の目的はその国交が断絶状態になっている西側諸国の大陸に存在する世界の大穴なので、必然的に俺は密入国しなければならないのだが……ここで問題が幾つかある。

 一つ目の問題はとても単純なことで、密入国が普通に犯罪なこと。この間の遺跡無断侵入とは規模が違うし、ほぼ戦争状態になっている国に対して密入国するなんてかなり罪は重いと思うし、なんなら西側諸国から俺がクーリア王国の人間だとバレたら速攻で吊るしあげられると思う。

 二つ目の問題は、西側諸国がクーリア王国の同盟国であるエルグラント帝国と戦争状態にあること。普通に海から小さい船で密入国しようかと思っていたのだが、現在西側諸国とクーリア王国の間にある海はエルグラント帝国との戦争で滅茶苦茶荒れている。なんなら見つかったら即座に撃たれるぐらいには緊張感が高まっている。

 そして三つ目の問題だが……そもそも西側諸国がどんな国なのか全く知らないので、辿り着いても滅茶苦茶苦労することが分かり切っていることである。


「面倒くせぇなぁ……」

『行かない訳にはいかないだろう? 文句言ってないで普通に飛んでいけ』


 確かに、ルシファーの言う通り面倒くさいからって放置できるような問題じゃないし、船なんて用意しなくても正典ティマイオスを使えば空を飛んで密入国することは可能だ。しかし……その方法は見つかった時に船で侵入する時よりも更に面倒なことになるだろう。


『諦めろ。見つかった時は見つかった時に考えるしかない』

「はぁ……脳筋みたいなこと言ってるけど、それが正論なんだよなぁ」


 知らない国のよく知らない場所に行こうって言うんだから、こんな港でうだうだ考えていたってなにもわからないままだろう。ここはルシファーの言う通り、正典ティマイオスを起動してその力のまま空を飛び、何気ない顔で世界の大穴まで向かうしかない。


『そもそも、穴の向こう側が本当に世界の外側に繋がっているかもわからないし、世界の外側に繋がっていたとしても、世界の外側がどんな場所かもわからないのにこんな場所でグダグダしていても時間の無駄だぞ』

「そうなんだけどさぁ……いや、大穴は世界の外に通じてると俺は確信してるからな」

『何故?』

「そうでもないと世界の外側なんて行ける方法思いつかないから」


 仮に大穴がただの深い穴で、実際にはなにもないものだったら俺はどこを目指せばいいんだよってなるじゃん。なんだ、海の果てに向かってひたすら飛べばいいのか?

 ま、大穴がただの魔獣が湧いてくるだけでの穴だったら俺は神を殴りに行く目標を普通に投げ捨てて平和に過ごすかな。


正典ティマイオス

『飛ぶならかなり高い場所にしておけよ。戦争中の人間に見つかりたいなら話は別だけどな』


 そうだな。戦争しているのがクーリア王国の人間だったらちょっと助けてやろうかなぐらいに思ったけど、エルグラント帝国の人間なんて全く知らないから助けてやる意味もわからんしな。これは差別ではなく、俺の中に存在する明確な区別だ。

 正典ティマイオスを腰に、そのまま翼で空を飛ぶような感覚のまま空中を駆ける。正典ティマイオスの能力では浮いているだけなので別に翼なんてないんだが、なんとなく空を飛ぶって言ったら翼ってイメージがあるから、そっちの方が気分よく飛べる。


『……こうして高い場所を飛んでいると、遥か昔に天族として空を飛んだことを思い出すな』

「今も天族だろ」

『今は居候だ。天族は既に滅んだ種族……自由に空を飛ぶことなどできないさ』


 なんだよ……やけに感傷的だな。


『神を殺しに行くのだから、少しは感傷的にもなる。何千年も前から望み続けてきたことだから』

「いや、俺は殺しに行くんじゃなくて殴りに行くんだからな」

『ふ……どうせ殺すことになる』


 本当かな……そもそもルシファーはなんでそんなに神を殺したいんだ? 見下されるのが嫌いだってのは理解できるけど、それだけの為に人間の身体に入り込んで機会を待つような健気さはないだろ。


「ルシファーは神と因縁でもあるのか?」

『ない』

「ないのかよ」

『因縁はない。ただ……傀儡のように糸をぶら下げながらこちらを見下してせせら笑っている存在が、クラウディウスのような存在を世界に放って好き放題していることを知って我慢できるほど大人しい性格はしていない』

「……世界の為に怒ってるのか?」

『自分の為に怒っているだけだ』


 本当かな……なんか、クラウディウスによって天族が滅びたことを怒っているようにも聞こえるけど、本当はどう思っているんだろうか。まぁ、あんまり人の心を詮索するのはよくないことだろうからこれ以上は何も言わないけど。もしかしたら……ルシファーは傲慢でカスみたいな性格をしているだけで、天族のことは嫌いじゃなかったのかな。天族からは滅茶苦茶嫌われてるけど。

 のんびりとルシファーと喋りながら空を飛び、ひたすらに世界の大穴を目指して進んでいたら……上からこちらを見つめるような視線を感じた。


「ルシファー」

『どうした?』


 ルシファーは感じていないらしいが……じっとりとこちらを見つめるような視線は、どれだけ高速で空を飛んでも離れる様子がない。この視線は……間違いなく神が送っているものだ。


「見られているぞ」

『……神か?』

「多分……こんな高度でこっちに視線を向けられる生物が他のいると思わないし」


 雲よりも高く飛んでいる俺を見下ろすような視線を向けられる存在は流石にいないだろうし、恐らくは神だと思うけど……確信はない。

 ちらりと上空に視線を向けると……成層圏の向こう側からなにかがこちらに向かって飛来してくるのが見えた。


「なんだと思う、あれ」

『……神の使い、とか?』

「はは……面白い冗談だな」


 大気圏を突破した謎の物体は、丸くなっていた全身をゆっくりと開いてこちらに向かって飛翔してきた。機械のような駆動音と共にこちらに飛んできた物体は、純白の身体に大量の武器が搭載されていた。


「……神の使いかも、なっ!」


 何の迷いもなくこちらに向かって突っ込んできた機械は、腹を開いてこちらに向かってビームをぶっ放してきた。流石にあんなのを無視して飛んでいることなんてできないので、急停止して上に移動することでなんとかビームを回避する。


「どう見てもロボットだよな。まさか異世界でロボットに襲われるとは思わなかったけど」

『気を付けろ。かなりの魔力だぞ』


 こんな直接的な介入方法が神にあるなんて思いもしなかった。これは自分に近づいてくる俺に対する牽制か……それとも箱庭を破壊しかねない異物を排除するための一手か。どちらにせよ、かなりムカついたので殴るだけじゃ済ませないかもしれなくなってきた。

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