第187話 解読の道は遠い

「エリクシラ、テオドールがどこにいるのか知らないかしら……うわぁっ!? な、なによこれ……どうしたの!?」

「お、おぉ……エリッサ姫」

「大丈夫なの!? と言うか何してたらこんなことになるのよ!?」


 寮に戻らずに古書館で寝泊まりしながら徹夜で翻訳を続けていた俺とエリクシラは、古書に埋もれながら気絶しているところをエリッサ姫に発見された。古書をかき分けて引っ張り出された俺とエリクシラは、意識を朦朧とさせながらエリッサ姫に対して適当な返答をしていた。


「はぁ……どうせまた古代文字の解読でもしようとしたんでしょうけど、何度挑戦してもできていないんだからもう少し新しい発見があってからこういうことはしなさい」

「いや、新しい発見はあったんだよ……実際、古代文字も少しは解読できてきた」

「で、でも……まさか固有名詞がこんなに沢山書かれているなんて思いもしませんでした」

「ちょっと待って! 今、解読できたって言ったの? それが本当だとしたら世紀の大発見じゃない!?」


 そうなんだよ……だから2人で一緒に徹夜しちゃうぐらいには張り切ってたんだよ……と言うか、俺は人間を超えた肉体になったのに、なんで徹夜したぐらいでこんな負荷を背負わなきゃいけないんだ……マジで寿命だけかよ、人間を超えた肉体のメリット。


「どうやって解読したの?」

「あー……」


 すぐにちょっとエリッサ姫に自慢しようと思ったが、解読したきっかけの本が日本語で書かれていることと、その本を持ってきたのが国によって立ち入り禁止に指定されている場所だったことを思い出して言葉が詰まった。エリクシラは俺のそういうルール無視するところに慣れているけど、流石に国のお姫様を相手に国が決めたルールを堂々と無視して行ってきましたと言えるほどの勇気はなかった。

 しかし、俺が言い辛そうにしていることから何かを察したのか、エリッサ姫の視線はどんどん冷たく鋭くなっていき……エリクシラが溜息を吐いた。


「この人が先日発見されたばかりの遺跡から持ってきた本で解読したんです」

「やっぱり……一応、立ち入り禁止だったはずだけど?」

「まぁ、そうなんだけどさ」

「私に言ってくれれば、なんとか融通が利いたかもしれないのに」

「それじゃあ先に研究者に入られちゃうだろ?」


 大事なのはスピードだったからな。大切な日本語で書かれた資料が持ち出された後にあんな場所に行ったところでなにかある訳でもないし、正式な手続きでは得られないものもあるってことだ。


「はぁ……それで? 確かあの遺跡内では今まで全く知られていなかった未知の言語で書かれた資料が見つかったって話だったけど……古代文字と関係が?」

「……その未知の言語、別世界の人間が扱う言語なんだ」

「は?」

「つまり、その未知の言語を書いた人間と、俺は同郷の出身ってこと。俺は普通に読める」


 突然の異世界発言にエリッサ姫は困惑しているようだが、事前に俺が異世界の魂を持った人間であることを説明しているので、しばらくすれば再起動するだろう。取り敢えずはエリッサ姫を放置して、散らかった古文書を整理しないと。


「納得はできないけど理解はできたわ」

「はや」

「それで、解読した古代文字には何が書かれていたの?」


 エリッサ姫のその言葉を聞いて、俺とエリクシラは目を合わせたからなんとなく口を噤んでしまった。


「なによ」

「……その、夫婦の交換日記、でした」

「滅茶苦茶くだらない話を延々と見せられましたね」

「は?」


 本当だったんだよ! なんとなく重要そうなことが書いてあるんじゃないかと思って引っ張り出した本を頑張って翻訳した結果がそれだったの!


「クラディウスについて書かれた古文書があったじゃない。あれはどうしたのよ」

「あっちは堅苦しい感じの言葉で書いてあるみたいで、ちょっと翻訳に苦戦中。過去のことについて書かれていると思うから、無駄に固有名詞も多いし、そもそもその固有名詞が現代で言う何を指しているのかもわかってないしな」

「なるほど……その夫婦の交換日記とやらは?」

「日常的な言葉でしか構成されていないので比較的簡単に翻訳することができたと言う訳です。まぁ、異世界の言語から推測してテオドールさんが翻訳してくれるのを私が当てはめていくだけなので、私はあんまり力になれていないんですけど」


 うむ……最初は全部に対応した翻訳表でも作ろうと思ったのに、出来上がったのは乱雑な言語の対応表だったので途中から諦めた。


「ふーん……ねぇ、これはなんて書かれているの?」

「あ?」


 俺たちの話を聞いて頷いていたエリッサ姫は、懐からなにかを取り出して俺に見せてきた。古代文字はパっと見せられても解読できるほどまだ詳しくないんだがと思いながらエリッサ姫の手の中にあるものを見ると、そこにはが刻まれた指輪があった。


「これは?」

「え、なんですかこの文字……今までの言語とも違うじゃないですか」

「そうだな」


 今まで、俺とエリクシラが参考にするために使っていた書物は全て日本語で書かれていた。書物は日本語で、石碑はローマ字……何故英語で書かれた装飾品があるんだ?


「これは、クーリア王家の女性が代々引き継いできたもの……らしいの」

「クーリア王家が? つまり、クーリア王家にも異世界人との交流があった?」


 しかし、そう考えるとおかしなことがある。古代文字が使われていた文明はシンバ王朝遺跡よりも遥かに昔の話なので、俺たちが解読に使用している書物は2000年よりも遥かに前のもの……しかし、クーリア王家にそんな長い歴史は存在していない。そもそも、クーリア王国が2000年も続いていないのだから。


「テオドールさん、これはつまり……」

「あぁ……異世界からやってきた人間は1人じゃない。しかも、これは別の言語……日本人だけが転生してきた訳じゃないのか」


 おいおい……ギリギリ英語までは読めるが、他の言語なんて俺は読めないぞ。


「これは読めるの?」

「まぁ……この言語なら読めないこともない」


 英語ならなんとか読めないこともないが……なんて書いてあるのかな。筆記体で書かれている英語はなんとなく読み辛いから嫌いなんだが。


「Eternityか?」


 いや、ただのエタニティリングじゃねぇか。

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