第186話 いざ翻訳

『何をしたんだ?』

「まぁ……認識を強引に誤魔化した、みたいな?」


 自分でも正確になにをやったのか理解できていないんだけども、多分原理的には世界に紐づいている俺が存在していたという情報を切った……のかな? 世界の記録から俺があの遺跡にいたって記録を断ち切れば、そこには何も存在しなかったことにできるとか。この力が好き放題に使えれば過去を改変することもできるんだろうけど、残念ながら流石にそこまで無法なことはできず、自分に関する部分しか触ることはできない。逆に他人の記録まで触れたら、それこそ死んだ人間を生きていたことにすることもできるかもしれない訳だからな。


『まぁいいが……それで、持ってきた本にはなにか重要なことが書かれていたのか?』

「あぁ……驚くなよ? この一番ぶ厚い本には、なんと過去の美食について書かれていた」

『は?』


 いやー……やっぱり同じ日本人だからか、感性が似通ってるんだよな。クーリア王国の人間はあんまり食に拘りがなかったりするから、なんとなく味気ないなぁぐらいに思っていたが、この本に書かれている料理の情熱は俺を遥かに凌駕するものだった。そこら辺に生えている香草から様々な調味料が作れることや、それ以外にも地球の料理を再現しようと頑張った記録が長々と綴ってあったのだ。しかも、転生者以外に興味はないだろうと配慮してなのか、古代文字は無しで日本語のみ。


『……食べ物の為に、あんな場所までいったのか?』

「失礼な。神とか世界のこととか色々と知りたくて行ったに決まってるだろ。その結果、それよりも大事なものが見つかったってだけだ」


 俺の中から既に消えてしまったもう1人のテオドール・アンセムが言っていたことが本当なのだとしたら、俺は人間の寿命を遥かに超えて長い時間を生きることになるのだから、やはり食にはそれなりに拘っておきたいと言う気持ちがあるんだ。この世界の出身であるルシファーにはわからないかもしれないが、食に拘りを持つということはとても大切なことだ……俺はこの書物を書いた人間を心から尊敬する。見るからにヤバいものを食べて死にかけたことまで書いてあるからな。

 本を回収して学園の古書館に戻ってきた俺は、取り敢えず大切な食に関する本だけ自分の寮の部屋に置いてきて、世界の歴史について色々と書いてある物を持ってきた。この本を読みながら古代文字の解読表を作るつもりなんだが……本当にあっているかはわからないので、フィーリングで穴は埋めよう。


「お帰りなさい……何処に行っていたのかは、聞かなくてもわかりますけど、立ち入り禁止区域に指定されたこと知ってましたか?」

「うん、知ってる」

「知ってていったんですか。なお悪いですよね」


 エリクシラの言葉を無視しながら、俺は持ってきた書物をエリクシラに見せる。


「これは……片方は古代文字ですが、もう片方は見たこともない言語ですね。これがあの遺跡で発見されたという……え、もしかして持ってきたんですか?」

「読めない人間が持ってても仕方ないだろ」

「はぁ……貴方は読めるんですよね、なんて書いてあるんですか?」


 んー……このページには何が書いてあるんだ?


「えーっと……隣の家に住んでいるフィリウスさんが物凄く金髪美人で憧れちゃう。やっぱり異世界は浪漫に溢れている最高の場所だぜって書いてあるな」

「……それ、本当ですか?」

「うん」


 本当はもう少し畏まった文章で書いてあるんだけど、内容的には変わらない。マジで住人の観察日記とか題名にしておきながら、好みの女のプロフィールを書いてあるので間違いなく気持ち悪い変態男であったことが確定している。世界共通言語「HENTAI」に違いないだろう。


「そんな使えない本を持ってきてどうするんですか? そもそも何のために持ってきたんですか? 意味わからないんですけど……」

「でも、ここには当時使用していた魔法について書いてあるな」

「は!?」


 これには『この世界には魔法が存在しているのに水を魔法で生成することはなく、しっかりと井戸水から汲んで使っている。何故魔法で水を生成しないのかと聞いたら、そんなことができるほど人間は魔法が上手く使えないのだと言われた』と書かれている。つまり、天族が人間の魂と同化する前は、それほど魔法が上手く使える種族ではなかったというのは本当だったのだろう。だからあの遺跡には井戸があったし、もっと大規模な建築なんかはできなかった。


「ちょ、ちょっと全部翻訳してくださいよ! 流石にそんな重要な情報が書いてあるなら私だって無碍には──」

「あ、こっちには近所で発見した芋虫について書いてある」

「そんなものは必要ないので破り捨ててください」

「えぇ!? 流石に態度違いすぎない!?」


 そんなに虫が嫌いなのか? でも、もしかしたら今の世界には存在していない絶滅種かもしれないんだから、もっと真剣に見てもいいと思うんだけどな。


「なんでそんな馬鹿みたいに内容が行ったり来たりするんですか? 書いた人が馬鹿だからですか?」

「んー……表には雑多な日記って書いてある」

「日記ですか……そもそも、書物として後世に残す為に作ったものではないのかもしれませんね」

「え、でも最初の所に『この本が後世の人間に伝わるように』って書いてあるぞ」

「捨ててしまいなさい」


 酷い言い方だなぁ。


「で、これが持ち帰ってきた本当の理由なんだけど、この本のこっち側は俺が読める訳だろ?」

「まぁ……そうですね」

「多分、古代文字の方にも同じことが書いてあると思うんだよ」

「つまり、テオドールさんがこの本を読んで、その内容から古代文字の中身を推測して解読するってことですか? 確かにできないことではないと思いますが……そんな簡単にできますか? ぱっと見た感じでも、こっち側の言語はそもそも法則から全然違うように見えますけど」

「それをなんとかするんだろ」


 ノーヒントで古代文字を解読するよりはよっぽど簡単なことだと思うし、なにより俺が日本語を読むことができて、エリクシラが古代文字にそれなりに詳しいんだから2人で協力すれば絶対にできる。


「さ、頑張るぞ! まずは固有名詞からだな!」

「……まぁ、できる限りの努力はしますよ。本当に解読出来たら凄いことですから」


 エリクシラがちらりと背後の古代文字で書かれた本が纏められた本棚を見つめてから、俺に向き直って仕方なく付き合ってやるみたいなことを言い出したが、エリクシラだってずっとあの本棚の中身が気になっていたはずだ。一緒に解読して読めるようになれば万々歳だな!

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