第185話 撤収

「ぶぉっ!?」

「……そろそろ終わりにしようぜ」


 アザゼルと殴り合いを初めて数十分ぐらいが経っていると思うんだが……正典ティマイオスを起動した俺と1対1で殴り合いをして勝てる訳ないって。そもそもアザゼルの持っている虚飾の力はマジで俺の正典ティマイオスと相性が滅茶苦茶悪いみたいだし。

 何度も顔をぶん殴られているのに向かってくる気力がどこから湧いてきているのか知らないが、そんなに下に見ていた人間になめられるのが嫌なのだろうか。それはそれとして俺はもうぶん殴ったから満足したんだけど。


「甘いな……相手が死んでいないのに戦いをやめようとするその甘さは、お前の命を脅かすぞ」

「あのなぁ……俺は最初からお前の殺すつもりで戦ってなんかいないんだから、死んでないのに戦いを辞めるのは甘いとか言われたって知らないんだよ。そもそもムカついたから殴って、殴ったら気が済んでそれで終わりだろ」


 なんで相手の生死にそこまで拘るのかわからない。確かにアザゼルは天族の中でも割と見かけなかった屑だと思ったが、それだけで殺すかとはならないんだよ。勿論、宣言通りクーリア王国に敵対して人間を殺すようなことをするなら俺もだってアザゼルの命を狙うけども、こいつは知識欲があるだけでそんなことを意味もなくするタイプには見えないし、別に俺はここら辺で終わっておきたいんだよ。

 そんな俺の言葉なんて全く関係ないと言わんばかりに再び虚飾の力を使って自身の身体が分裂したように見せ、5人で襲ってくるが……正典ティマイオスを起動している俺には、世界と繋がっている本物が見えているので他の偽物を完全に無視して本物顔をぶん殴る。


「ぐっ!?」

「はぁ……ちょっときつめに行くぞ」


 殴っても止まらないのならば止まるような強さで殴ってやればいい。

 アザゼルが反撃で放ってきた魔法を左手で弾きながら一気に接近して、右手に魔力を纏わせて頬をぶん殴る。さっきまでとは違って魔力をしっかりと込めた拳なので、バキバキと頬骨が砕けるような感触が伝わってくるぐらいの威力だ。空を飛んでいることもできないぐらいの衝撃を受けたアザゼルはそのまま地面へと落ちていき……ルシファーの隣に墜落した。


「……無様だな、アザゼル。今のテオドールは私ですら1対1では勝てないかもしれないと思わせるほどの相手だぞ」

「そう、か……なら、俺が勝てるかもしれないと思ってもおかしくはなかったな」

「すぐに口喧嘩始めるのやめない?」


 天族はみんなルシファーのことが嫌いみたいだけど、顔を合わせる度に喧嘩になるような仲の悪さをしているのはアザゼルが初めてだよ。確かに、ガブリエルやラグエルみたいにそもそも顔を合わせないようにしている天族もいるけどさ。

 なんでこんなに仲が悪いのかわからないけども……とにかくアザゼルも落ち着いたみたいだからこれからのことについて相談しないといけないな。


「で、アザゼルは神の存在についてどれくらい知ってるんだ?」

「……殆ど知らない。そもそも、神とやらの存在をしっかりと認識しているのはルシファーぐらいだ……ただ、この世界はなにかしらの存在によって管理されていることぐらいは認識している」


 アザゼルがこの認識ってことは、ミカエルはもっと知らないのか……それとも知っているのに黙っているのか。天族の中でもルシファーが特別だってことはわかった。

 さて……アザゼルは神のことをどう思っているのか知らないけど、とりあえずこの遺跡にある日本語で書かれた書物は全部持って帰ろう。どうせ国の研究者が回収したって読めやしないんだし。


「で、アザゼルも一緒に来るか?」

「は?」

「いや、俺とルシファーはさ……これから神を殴りに行くんだけど、一緒についてくるかって話」


 この世界の住人である仲間を連れて行くつもりはない。今回の件に関してだけ言えば、俺と神の問題であってクラディウスのように世界の滅亡がとか全く関係ないしな。ただ、上からこっちを眺めながらクラディウスを放って好き勝手に笑っているだろう神をぶん殴りたくて仕方がないだけだから。

 アザゼルが神に対してどう思っているのか知らないけど、神に対してムカつくんだったら殴りに行くとスカッとするぞって話だ。


「イカれているな……この世界の創造主かもしれない存在なんだぞ? そんな相手に対して殴りに行くなんて、馬鹿の考えることだ」

「じゃあついてこないってことでいいのか?」

「あぁ……俺はそこまで上位者に対して歯向かえる覚悟が持てるほど強くはない」


 え、さっきまでは自信満々って感じだったのになんでそんな自信なさそうな顔するの? もしかして躁鬱なの?


「放っておけテオドール……こいつは元々そういう奴だ。自分が殺されるかもしれない戦いなんてまともにできる性格じゃないんだよ」

「えー……でもミカエルとは戦ったんだろ?」

「いいや。恐らくこいつは……真正面からミカエルと戦ってなどいない」


 ふーん……それはつまり、さっきまで真正面から戦っていたルシファーよりミカエルの方が強いと思ってるってことなのか、それとも数千年の時間をかけて自分がルシファーやミカエルよりも強くなったと思っていたのか。まぁ、どっちでもいいか。

 俺は石碑の前にアザゼルを放置したまま遺跡を逆戻りしていき、最初に発見した日本語で書かれた書物を取りに戻った。


「はっ!? な、なんだ君は!? どうしてこんなところに人がいるんだ!?」

「あれ」


 俺が森の方から遺跡の方へと戻ってきたら、正面から王国の研究者たちがやってきていたらしく普通に見つかった。てっきりルシファーとアザゼルの戦いを見てさっさと帰ったものだと思ったんだが……どうやらマジに頭がイカれている奴が強行突破してきたらしい。


「君は何者だ……少し拘束させてもらうぞ!」

「面倒くせぇなぁ……」


 護衛の魔法騎士たちがこっちに向かって走ってくるのが見えるが……このまま騒ぎを起こせば副総長の息子が立ち入り禁止の遺跡に入ったと話題になるのは目に見えているので、ちょっと頑張るしかないか?


正典ティマイオス

『何をするつもりだテオドール』

「ちょっと頑張るだけだよ」


 魔法と正典ティマイオスの力を組み合わせれば、認識を誤魔化すことだってできるはずだ……それでなんとか逃げながら書物を確保しよう。国の人間に対して滅茶苦茶やっている自覚はあるが、バレるよりはマシだってことにしておこう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る