第182話 ルシファーとアザゼル
さて、俺はアザゼルになんて興味はないからさっさと横を抜けて日本語で書かれた資料を探そうと思ったんだが……何故かいきなり殴りかかられた。迫る拳を素手で受け止めてから、飛んできた蹴りを受け流して腹に掌底を叩きこむ。
「……強いな」
「あの、なんですかいきなり」
「いや、クラウディウスを倒したお前の力を確かめておきたくてな。少しだけ付き合ってもらうぞ」
え、嫌なんだけど。しかし、どうやら俺に拒否権を与えるつもりなんてないらしく、同意の言葉も否定の言葉も口にする前に再び襲い掛かってきた。さっきよりも速く鋭い拳を再び受け止め、大きく広がった黒い翼から放たれた魔力の衝撃波を全身に受けて吹き飛ばされてしまった。大して痛くもないが……遺跡でこんなことをするとなにか貴重なものを破壊していないかと心配になってしまう。
「もっと君の本気を見せてくれ。クラウディウスを倒したと言うことはそれ相応の力を持っているはずだ。なにより……君は異世界の魂を持った人間なのだろう? だったらその力を俺に見せろ」
「……ルシファー」
『仕方がない』
今日はマジで戦う気持ちでここにきてなかったので、ウルスラグナも学園に置いてきたんだよな。
俺が名前を呼んだだけで察してくれたルシファーが、俺の身体の中から分離していく。光の粒子と共に身体を生み出したルシファーの姿を見て、アザゼルは驚いたような顔をしていた。
「まさか魂そのものを融合させずに人間の魂に入り込んでいたのか? そんなことが可能だとは……いや、そこは流石ルシファーだと言うべきなのか?」
「ふぅ……テオドールは今、戦いたくない気分らしくてな。私が代わりになってやろう」
「ほぉ……随分とマシなことを喋るようになったんだなルシファー。そのテオドール君のお陰か? 人間のような弱い言葉を吐くようになった」
「お前は変わったな。昔のお前は無意味に強い言葉を吐いたりはしなかった」
互いに昔を懐かしむようなことを言いながら互いに罵倒している気がするんだが……もしかして他の天族以上に仲が悪いのか?
俺が2人の関係を気にして首を傾げた瞬間に、アザゼルとルシファーは翼を広げてから空中を高速移動しながら戦い始めた。光と闇の魔法が飛び交いながら激突する光景は眺めているだけなら滅茶苦茶綺麗なんだが……流れ弾が結構地上に落ちてくるのでそれなりに怖い。いや、それよりも遺跡が壊れることの方が問題だと思う。
「な、なんだぁっ!?」
「古代文明の遺跡で何かが起動したんじゃないか!?」
「世界の終わりかぁ!?」
やべぇ……どうやら俺が思っていたよりも調査隊が来たらしい。もう数日は来ないんじゃないかと思っていたが、思っていたよりも動くスピードが速い。調査隊の研究者らしき人たちと、護衛らしき魔法騎士の人たちが上空を見上げながら途方に暮れている。
俺は人に見つからないように近くの崩壊した建物の中に入るしかないと思い、咄嗟に飛び込んだら……そこにはこの大陸の地図のようなものと書物が大量に置かれている部屋だった。
俺が求めていたもの……これなんじゃないかと書物に手を伸ばして中を見てみると、見開きのページ半分に古書館でよく見る古代文字で書かれ、もう半分には日本語が書かれていた。
「まさか……翻訳か!?」
これが本当だとしたら、古書館にある全く読むこともできない古代文字も解読できるようになるんじゃないかと思い、最初のページを見ると……そこにはこの本の著者らしき名前が書いてあった部分が破られているページがあった。
「えーっと……『この言語を読める者が未来に現れた時、この本の内容を正確に伝えることができるのではないかと思って様々な言語で記したいと思ったが、私には英語に翻訳する能力などなかった。だからこれを読む異世界人が、私と同じ日本人であることを願う』か……やっぱり、異世界の日本から来た人が記したものなんだな」
それにしても……未来の人間に書物を残すと書いてあるってことは、この書物を記した人間は成人のままこの世界にやってきて元の世界に戻れなかったのか、俺みたいに死んでから魂が転移してきたのかどちらなのだろうか。未来に読める者が現れた時か……もしかして、ヴァネッサの祖先である魔族アスタロトの予知を聞いたとかなのだろうか。
いや、今は細かいことはおいておこう。著者がこの本をロゼッタストーンのように使って欲しかったのだろうと俺は推測する。つまり、自分が生きていた頃の言語が未来では未解読になるのかもしれないことを予測していたと言うことだ。人間の言語が簡単に移り変わってしまうとは言え、そこまで予測して多言語で書くのは凄い発想だと思う。
「なんだこの魔力は……明らかに人間が手に負える強さじゃない!」
「今すぐ避難するべきです! こんな場所で研究なんてできる訳がない!」
「いいや! たとえ自分の命を捨てることになろうが、私は研究を諦めることなんてできない!」
「しかし!?」
「いいから進むのだ! あれは私たちを狙って攻撃してきている訳ではない!」
やばいな……どうやら研究者たちの中にイカれた奴がいるらしく、上でアザゼルとルシファーがあれだけ激しい戦いを起こしている中でも遺跡の中に入ってこようとしているらしい。単純に自殺行為だと思うが……俺の姿が見られた速攻で戦闘になる気がする。しかし、俺としてもここまできて今更帰る訳にはいかない。解読することもできないような人間にここの書物を読ませても無意味だし、1度国に回収されてしまえば恐らくは二度と読むことはできない。
「ルシファーっ!」
「なんだ! 今は忙しいんだが!?」
「もうちょっと地上付近でやってくれないかっ!?」
「……なるほど、彼は俺とお前の戦いを地上付近でやらせて、王国からやってきた研究者たちを追い返そうとしていると言う訳か。まぁ、俺としてはあまり興味はないが……どこでやろうとも変わらないからなっ!」
「確かに、どこで戦おうとお前が私に勝てるわけがないか!」
俺の願いに応えてくれたのかは知らないが、ルシファーとアザゼルは高高度から一気に地上まで落ちてきた。その衝撃だけで遺跡全体が揺らぐような振動が発生したが、この書物さえ読めれば遺跡が多少崩れてももう構いやしない。
「うわぁぁぁぁっ!?」
「ち、近づいたら落ちて来たぞ!?」
「やっぱりこちらを警告していたのだ! 早く撤退しましょう!」
「お、のれぇ……私は絶対に諦めん!」
「邪魔だ」
「なっ!?」
ルシファーとアザゼルが地上に降りてきてもまだ突っ込もうとしていた研究者の前にルシファーが着地して、背中越しに邪魔だと宣言してからアザゼルと再び戦い始めた。よし、これならここでもう少し書物を読んでいられるな。
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