第181話 虚飾の天族

 東の海辺から発掘された未知なる文明の遺跡……発見されたばかりで一般の立ち入りは禁止されているが、俺は人目を隠れるようにして1人で遺跡の中に入っていた。とは言っても、まだ発見されたばかりなので中は弄られた様子もなく、魔法騎士によって大々的に封鎖されている訳でもないので普通に中に入ることはできたんだけども。


「この先か……」

『1人でよかったのか?』

「あぁ……この先にあるものが解読できるのも、理解できるのもこの世界には俺だけだろうからな」


 この世界に存在する言語とは形態からして全く違う日本語を、この世界の人間が解読できると思えないしな。それに……書かれている内容については既に終わったクラディウスのことなんだから、別にそこまで共有する意味もないだろう。

 瓦礫の中を移動しながら歩いていると、俺の姿を見ただけで逃げ出す動物たちが多くいた。海獣のせいで人間が近寄らなかったせいで、ここら辺は野生動物の楽園になっていたらしいな。俺たちが海獣をなんとかしてしまったから、野生動物たちがここら辺から追い出されるのかと思うと少し心苦しいが、野生動物保護なんて考え方があんまりない人々に説いても聞いてくれないだろうしな。


『それにしても、まさかテオドールと同じように異世界からやってきた人間がいるとはな』

「あぁ……もしかすると、この世界は他の世界と特別に近い場所に存在しているのかもな。ま、あの日本語の書物を書き残した人間だって、確実に俺と同じ世界からやってきた人間かどうかはわからないけどな」


 無数に存在する世界には、同じような歴史を辿った世界が沢山あるはずだ。それこそ、この世界のように魔法が発展した地球もあるだろうし、もしかしたらクラディウスに滅ぼされてしまったクーリア王国の世界だってあるのかもしれない。それを全て把握するなんて、正典ティマイオスの力を使ったとしても不可能だが……この遺跡に残されている書物にはヒントになるものがあるかもしれない。


『しかし、そのニホンゴとやらが読めるのならば、もっと前にここを発見しておけばよかったな。そうすれば、クラウディウスの攻略方法も見つかっていたかもしれない』

「そうかもしれないけど、そうじゃないかもしれないだろ。クラディウスに対抗することができる人間なんてそういないと思うし……俺だって天族の力がなかったらとっくに死んでたよ」

『最後は1人で倒したようなものだけどな』

「あれだってルシファーの力がなかったらそんなこともできてないんだから、やっぱり俺は1人じゃ勝てなかったよ」


 グリモアを合成するのにルシファーの力が必要だったし、そもそもそんなことができるまでに時間を稼いでくれた天族の仲間たちの力が大きい。それだけ、クラディウスは規格外の怪物だったってことだ。

 なるべく大きく形が崩れないように瓦礫をどかしながら、俺はひたすらに遺跡を進む。シンバ王朝遺跡とは違って、城のような大きな遺跡ではないが……どうやら集落の跡みたいだな。


「お? これは……井戸か?」

『井戸? なんだそれは』


 井戸があるってことは……もしかしてこの遺跡はシンバ王朝遺跡よりも前のものなのかもしれないな。なにせ、この世界の住人は井戸なんて知らないはずだから。


「井戸があるってことは、魔法で水を生み出すことができなかったってことだな。しかし、そうなると魔法が存在しなかったのか、単純に魔力から水を生み出す方法がなかったのかがわからなくなるよな」

『なんでもいいが、もっと先に進まないか? 私だって未知のものを探求する楽しさは知っているつもりだぞ?』


 はいはい。

 それにしても、昔の集落にしては建物の作りがしっかりとしているな。それこそ……コンクリートが使われていないだけで、前世の記憶にある家のような形だ。


「さてさて、なにか文字が書かれたようなものは──」

『なにかいるぞ』

「あぁ」


 集落の中心部分だったらしき場所に足を踏み入れた瞬間に、感じたこともないような不快な魔力を感じ取った。反射的に足を止めると、ルシファーも何かがいることを感知して警告してくれた。


「お前、人間ではないな。しかし天族でも魔族でもない……誰だ、こんな場所に足を踏み入れる馬鹿は」

「……なんで俺は遺跡に行くとよくわからない奴に出会うんだろうな」

『それは私のことを言っているのか? なぁテオドール?』


 物陰からゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのは、髭を生やした男。常に余裕そうな笑みを口元に浮かべながらゆっくりと近寄ってきたので、先制でまずは光の矢を指から放つ。


「おっと……これはルシファーが得意としていた魔法だな。まさかお前、ルシファーの魂を受け継いでいる人間か?」

『私の名前を知っている……誰だ貴様は?』

「は? ルシファーの意識があるのか? いや、そもそも魂になったぐらいで意識が消えるような奴じゃないか」


 ルシファーの名前を知っていて、俺を見ただけで人間ではないと見抜いた奴……何者だ?


「俺の名前が気になるか? まぁ、気にするな……時が来ればわかる。で、人間を超えた人間が俺様の遊び場に何の用だ?」

「遊び場? ここはどうみても廃墟なんだがな」

「廃墟だって立派な遊び場だろう。ここからは東の海がよーく見える……フォルネウスの海獣が、いなくなったのは数ヶ月前だったな」


 あぁ……なんとなくこの男の正体がわかった。


「お前、アザゼルだろう」

『は? それはない。アザゼルはもっと別の──』

「正解」


 俺の言葉を聞いて目の前の男……アザゼルはにやけ面を浮かべながら魔力を身体に纏い……その姿を一瞬にして変えた。スキンヘッドに豊かな髭を生やしたおっさんの姿から、ダンディなオールバックのおっさんに変わった。


『馬鹿な。魂の波長まで変えていたとでも言うのか?』

「ルシファー……だからお前のことが嫌いなんだ。天族がいつまで経っても進歩しないなんてことはない……俺は常に研鑽を怠らなかった、お前はメタトロンに幽閉されて大物ぶっていただけ。それが世界の真実だ」


 ゆったりと余裕のある表情のままなにか語っているが……全身から迸る魔力がこちらを警戒していることを伝ている。どうやら、ルシファーなんか関係なく、人間から魂の位階を上げて変質した存在である俺のことを警戒しているらしい。


「お前、名乗れ」

「……テオドール・アンセム。異世界からやってきた魂を持っている……まぁ、この世界の魂と融合したから今は微妙に違うが」

「異世界の魂? なるほど……だからクラウディウスが負けたのか」


 さて……俺は日本語を記した存在にしか興味はないんだがな。

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