第180話 未知の言語
クラディウスの件が片付いたことで、俺には時間的な余裕ができた。今までは基本的に終末に追われるような気持ちで色々な所を奔走していたが、今はとにかく時間的な余裕が生まれている。以前だったら他人のグリモア制御の修行に付き合ってやるとか、古文書と睨めっこして少しでも情報を得ようとしたり、仲間とコミュニケーションを取って結束力を高めたりしようとしていたんだが……今はその全てをやらなくても別に問題なくなったわけだからな。
興味のある授業だけ必死に出て、他は卒業と進級に必要な授業だけを受けていく。前に生きていた世界で言う所の大学に近しい授業形態だよな……ここは。
やらなくてはいけないことが激減して、生まれた自由な時間で俺は色々なことをしようと思っている。まず、真っ先に気になったのは古文書の解読。
そして、もう一つやりたいこととして始めたのは……自作の魔法研鑽だ。オリジナルの効果を持つ魔法を生み出すのは非常に難しいことであるとされている。以前、俺が使っていた分身の魔法は、自らの幻影に動きのパターンをインプットしてその通りに動かすだけで、実際には分身とは呼べない代物だったが、あれも完成させたいし……なにより、クラディウスが体現していた限りなく不死に近い肉体を生成して動かす魔法……あんなものも色々と試してみたいものだ。
「……お久しぶりです」
「おぉ、エリクシラ」
以前に覚悟を決めることを伝えてから数ヶ月が経ち、既に王都では時折雪が降ってくるような季節になっているが……エリクシラは相も変わらずに古書館に引き籠っているらしい。
「随分と久しぶりに会った気がします」
「そうか? この間、授業で一緒に組んだじゃないか」
「あれは授業じゃないですか。しかも、貴方はすぐに他の人と喋るようになりましたし……なんか、前より明るくなりましたか?」
「社交的になったと言え。性格の明るさはそれほど変わってない」
言い方は悪いが、前は戦力になりそうなやつ以外と喋る余裕なんてなかったからな。クラディウスと戦うための味方を探す為に学園生活を送っていたようなもんだし……その焦燥感に苛まれる前って言うと、エリッサ姫のごたごたに巻き込まれていた頃だから、誰からも遠巻きにされていたな。
ま、エリクシラが言いたいことはわかる。確かに、俺はクラディウスの決着がついてから、今まで全く関わってこなかった同級生なんかと会話をすることが極端に増えた。エレミヤなんかの仲間のことはかなり詳しく知っているが、それ以外の人間のことは詳しく知らなかったからな……細かく世界を知る為には他人と関わらなければならないんだ。
「なんだか、やっぱり雰囲気が変わりましたね。魂が融合した影響ですか?」
「まぁ、正確に言うのならば、もう1人のテオドール・アンセムが持っていた前世の記憶を全て手に入れたからってことだろうな。その記憶が本当なら、俺は前世の世界で50過ぎまではしっかりと生きていた訳だから」
「50……精神年齢が違うってことですか」
「いいや? 精神年齢は然程変わらないと思うぞ。魂が肉体に引っ張られるのか、肉体が魂を変質させてしまうのか、もしくは記憶を取り戻す前に10年以上も俺と言う人格がテオドール・アンセムとして活動してたからなのか……理由は判然としないが、とにかく俺は割と若い身体に若い精神年齢で動いてる。頭に詰め込まれた知識は別物だけどな」
実際に精神年齢が50を超えてたらさっさと学園を辞めて好き勝手に生きてるか、無難に卒業してそのまま魔法騎士になってると思う。魔法騎士学園に残りながら宙ぶらりんな状態になっているのは、俺が前世の記憶を知識としてしか持っていないから。自分の過去として体感したことのはずなんだが、なんとも現実味がない物ぐらいに思っているんだ。
「……それで、テオドールさんは何のために古書館に?」
「エリクシラに会いに来た」
「それは嘘ですね」
「まぁ、嘘だな。でも、古書館に寄ったならしっかりとエリクシラに会ってこうとは思ってたぞ」
「はぁ……」
なんでそこでため息を吐かれなければならないのか。こういうちゃんとしたことは口に出さないと駄目って言われたから、最近は意識的に口に出してるんだぞ?
俺はエリクシラの態度に首を傾げながら、寮に持ち帰っていた古書を本棚にしまう。
「その本、読めたんですか?」
「いいや、全く……ただ、もう少しで共通点が見えてきそうなのは本当」
「そうですか……それより、東の海沿いにある遺跡から新たな文明の痕跡が発見されたらしいことを知っていますか?」
「いや、最近は学園内のことしか興味がなかったから知らないな」
未知の文明の痕跡ね。
大陸の東側は以前は海獣がいたせいで海辺に近寄ることもできず、どんどんと人々が西に移動していたんだが……角と翼を持った救世主が海獣を退けたことで、人が増えているらしい。まぁ……確実にヴァネッサのことだろうな。
ヴァネッサがフォルネウスの海獣をなんとかしてくれることで、どうやら東にもゆっくりと人が進出し始めているらしい。ただ、ヴァネッサには事前に東の孤島には誰も近づけないように海獣に命令しておけと言ってあるから、第2のクラディウスはあそこから生まれたりしないはずだ。
「その文明の痕跡から発掘されたのが、この象形文字らしいですよ」
「見せて」
新聞の写しのようなものを見せてきたので、俺はエリクシラから受け取りながら椅子に座ってその象形文字を眺めて……首を傾げた。
「これ……」
「全く読めないですよね? 今までのこの世界に存在するどの言語とも全く違う法則で書かれているらしく、解読どころからどうやって読むかすらもわかっていないらしくて──」
「『日が昇る海の彼方から絶望の化身が降臨する。あらゆる全てを焼き払いながら人類への憎悪を叫び、日が沈む山の向こう側へと消えていく』か? 普通に読めるが……これは日本語か?」
「え?」
なんで未知の文明の遺跡から日本語で描かれた文書が出てくるんだ。もしかして……俺と同じように他世界からやってきた人間が過去にいたとでも言うのだろうか。
「エリクシラ、この文章を発掘した人は誰だ?」
「な、なんで読めるんですか?」
「いいから」
「し、知らないです! まだ研究者の名前までは公表されていないので……に、ニホンゴってなんですか? そもそもさっき、貴方はなんて発音していたんですか?」
内容はクラディウスについてだろうな……まぁ、どんどん発掘されれば他のなにかもわかるか。
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