第179話 俺が全部悪い

 何故か急に俺に襲い掛かってきたニーナを横に退け、飛んできたエリナの魔法を素手で弾いてからエリッサ姫の天球を受け止め、見たこともない魔法を準備するエリクシラに感心した。


「なにそれ」

「影の竜……アイビーさんの真似です」


 へー……なんでそれが俺に向けられているのかってこと以外は感心しちゃうな。迫ってきた影の竜とやらの顎を蹴って消し飛ばしてから、再び突っ込んできたリエスターさんとエノの攻撃を両手で受け止める。


「……化け物め」

「嘘っ!?」


 化け物って言われるのは傷つくな……でも、今の俺には生半可な攻撃は効果ないからな。

 2人の手を離してから正典ティマイオスを地面に突き刺す。頑張って手加減しながら魔力を放出して……地面をぐちゃぐちゃに叩き割ってみると、天地がひっくり返ったのかってぐらいの瓦礫が空中に巻き上げられてしまった。やっぱり、人間に対して魔力を放出するにはもっとコツを掴んでからじゃないと駄目だな。

 取り敢えず、俺は正典ティマイオスを地面に突き刺したまま、飛翔する。狙いは空中に放り出された6人を戦闘不能の状態にすること。


「ウリエル!」

『駄目だ、間に合わ──』

「1人」

「はぁっ!」

『敵対、非推奨。直ちに離脱を提言』

「2人」


 炎を放って自分の身を守ろうとしたニーナの頭に触れて強制的に意識を落とし、自分から向かってきたリエスターさんの雷を打ち消しながら喉に触れて意識を落とす。


「な、なにがっ!?」

『馬鹿避けろ!』

「くっ!?」

「3人、4人」


 状況を飲み込めていないエリッサ姫と、態勢が崩れて俺のことを気にしていられないエリクシラの頭に触れて意識を落とす。


『理解できない。あれほどの力を人間が持てる訳がない』

『……潔く諦めろ』

「ムカつく! そんな簡単に諦められるかぁ!」

「お姉ちゃん!」

「5人、6人」


 エノがこちらに向かって飛んでくる前に俺が目の前にしてエノとエリナの頭に触れる。

 6人の意識を落とした俺はしっかりと6人の安全を確保しながら地面に降り立ち……上から落ちてくる瓦礫をしっかりと元の地面の形に戻しておく。


「……今のは」

「テオドール……人間を超えたというガブリエルの言葉は嘘じゃなかったのか」

『認識を改めた方がいいわ。あれは人間を超えたんじゃない……この世の生物全てを、超越したのよ。終末の竜があれに負けたのも、所詮はこの世の生物だったから……天族も魔族も人間も関係なく、等しくあの力の前には無力。それだけ力の質感が違う』


 ガブリエルが難しいことを言っているが、単純に言えばこの世界の法則に当てはまらない力を俺が手に入れたってだけのことだ。

 正典ティマイオスを拾い上げてその形を解けば……いつもの俺に戻ってくる。全能感が一気に消えて普段通りの自分に戻ると、さっきまでの自分の行動を振り返ってなんとなく恥ずかしくなる。超越者ってあんな感じなんだな。


「ん……はっ!?」

「おぉ、エリッサ姫」


 俺が6人を気絶させてのは、瞬時に大量の魔力を流し込むことで相手を一時的なショックで気絶させている。まぁ……危険性のない急性アルコール中毒みたいなもんだな。以前だったら絶対にできない、他人の体内に対して細かな魔力を送り込むという動作。正典ティマイオスを発動していればなんの訳もない。

 起き上がったエリッサ姫はさっきまで自分たちが何をしていて、俺に何をされたのか思い出したらしくすぐに立ち上がって俺の腕を掴んできた。魔力を流し込んでいるだけだからすぐに元気になるとはいえ、立ち眩みもなしによくもまぁ俺の腕を掴んだもんだ。


「……貴方が私たちに争って欲しくないのは仲間だから? それとも単純に私たちのことを女として好きでいてくれるから?」

「いやぁ……まぁ、好きではあるよ? でも、もうちょっと心の整理がついてからにしない?」


 確かに、貴族の人間にとって17、18なんてのは結婚適齢期なのかもしれないけど、俺みたいな庶民からするとまだ先の話なんだよ。せめて学園を卒業してからにして欲しいなって感じはする。


「わかった。貴方を困らせたい訳じゃないから、まだ我慢するけど……ちゃんと卒業するまでに答えを見つけて聞かせてくれればいいわ」

「……なんか、不甲斐なくてごめん」


 俺に甲斐性がないことなんて知っているかもしれないけど、想像以上に自分が情けなく感じてしまった。もっと前から真剣に彼女たちと向き合っていたらもっとマシな言葉をかけることができたのかもしれないけど、俺にはまだできなかった。結局、俺にあるのは力だけか。

 ちょっと1人で落ち込んでいたら、エリッサ姫がため息を吐いてから俺の手を握ってきた。


「いい? 私は本気で、人生で初めて異性に惚れたの。これは恋よ……だから、私が愛している貴方には困って欲しくない。確かに甲斐性はないし優柔不断だし、人の話は聞かないし」


 それはエリッサ姫の方が聞かないだろ。


「色々と言いたいこともあるけど、それも含めて愛せるから私は言ってるのよ。貴族の立場とか年齢とか関係ない……ただ、貴方が他の女を好きになってもいいわ。最後に私に対して愛を向けてくれればそれで、ね」

「王女的には?」

「その質問が甲斐性がなくて優柔不断だって言ってるのよ」

「いったっ!?」


 足を思い切り踏まれたんだけどっ!?


「……なにを乳繰り合ってるんですか」

「乳繰り合ってない! 俺は完全に足を踏まれただけだ!」

「はぁ……さっきの妙に達観した感じのテオドール先輩、素敵でしたね」

「エリナ、それはお姉ちゃんとしてちょっと心配になるよ」


 うーむ……それにしても、エリッサ姫がそこまで真剣に俺との将来と、その周囲のことを考えてくれているとは思わなかった。結局、この中で覚悟がなかったのは俺だけか……リエスターさんとかただ戦いたくて挑みかかってきた人もいるけど。


「うわっ!? 何の騒ぎ、これ」

「エレミヤ、今はいい所だから貴方は出てこないで」

「え? ちょ、ヒラルダ!?」


 なんか外から聞き覚えのあるような声が聞こえた気がしたが……まぁいいだろう。


「エリッサ姫、エリクシラ、ニーナ、エノ……俺、なんとか自分なりの答えを見つけてみるよ」

「……かっこよく言ってるけど、誰を正妻にするかってだけのことじゃないのか?」

「そうですね」


 ねぇ、俺結構真面目に言ったつもりだったんだけど、もしかして周囲の人間からは俺もこんな風に見えてたのかな。ちょっと反省しよ。

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