第177話 詰んだかも

「ねぇ、俺さぁ……根気よく話すしかないって言ったよね」

「そんなこと言ったの?」

「言ったよ。なんでこんなことになってんの?」


 俺の言葉に対して隣のエノが心底不思議そうな感じの顔で首を傾げているが、どうみてもおかしいだろ。

 俺の前では、エリッサ姫とエリクシラ、ニーナとエリナに別れて今から殺し合いますって感じの雰囲気になっている。場所も丁寧に移動して、屋外訓練場でやってるし……貸切ますって教師に行ったら「またお前らか」って顔された俺の気持ち考えたことある?


「しかし、意見が割れて話が平行線になっているのなら殴り合わなければならない時もあるだろう。女でもそういうものさ」

「なんでリエスターさんは殴り合い肯定派なんですか……おかしいだろ」

「見世物としては最高だと思うけどな」


 その発想が既に最低だよリエスターさん。


「おい、なんか男を取り合って2対2で戦うらしいぞ?」

「え? 嘘だろ?」

「エリッサ様が、男を取り合って争う!?」

「だ、誰が相手なの!? 私は絶対に認めないわ! エリッサ様が男に汚されるなんて!」


 一瞬で噂が広まって野次馬が集まってきたんだけど、最初は興味本位で見に来ていた感じの奴らも、殺気全開で睨み合っている女性4人を見て、一瞬で静まっていく。まぁ……下手すると戦場にいた時よりも殺気全開だからな。


「ふぅ……太陽の天球ガルガリエル

『ほ、本気でやるのか?』

神秘の書ラジエル

守護者の鎧ラファエル

『複雑な気分だが……まぁ、好きにしろ』

威風の劫火ウリエル! さぁ、派手に暴れるぞ!」

『な、仲間に炎を向けるのは流石に不味くないか?』


 なんで天族たちの方がマシな感性してるんだよ……もうちょっと落ち着けないもんかね。いや、根本的な原因が俺にあるのはわかってるよ? でもさぁ……流石にここまで仲間として一緒にやってきて、今更1人の女性を選べって言われても無理じゃないか? 優柔不断とか女を侍らす屑とか自分でもわかってるけど、どうしても1人だけを選ぶなんて俺にはできない。

 なんとかあの4人の戦いを止めたい気もするけど……どうしたものか。


 俺のなんとかしたいなんて思考は関係なく、4人の戦いは始まった。

 エリッサ姫のグリモアである太陽の天球ガルガリエルが高速で動きながらニーナとエリナを狙うが、1歩前に出たエリナが全ての天球を鎧で受け止めて平然な顔をしていた。


「……あの硬さは厄介ね。なんとかできないかしら?」

「そうですね……時間をかけてじっくりやればできないこともないですが、流石に今すぐに一点突破はできませんね。それに、もう1人の対応もありますから」

「はっはー!」


 エリッサ姫とエリクシラがなにかを相談していたようだが、そんなことはお構いなしって感じでニーナが炎を纏いながら2人に向かって突撃していった。

 攻めの威風の劫火ウリエルと守りの守護者の鎧ラファエル……打ち崩すのは至難だと思うが、エリッサ姫とエリクシラに対抗手段は……いや、なんで俺は冷静に戦いを分析しているんだ。なんとか止めないといけないんだった。

 俺がおもむろに立ち上がろうとしたら、両肩にリエスターさんとエノの手が乗っけられた。


「黙って見ていてやった方がいい。戦ってほしくない気持ちは理解できるが、そもそもあれは君を賭けた戦いなんだからな」

「そうだよ。それに、エリナがあんなに好き勝手に動けるようになったのもテオ先輩のお陰なんだから、お姉ちゃんとしてたまには応援してあげないとね」


 ぐっ……リエスターさんとエノの言いたいこともわかってしまう。だが、それはそれとして仲間が本気で戦っているのをずっと眺めているだけというのも……なんとなくなぁ。


「なんの騒ぎ?」

「ひ、ヒラルダ!」


 どうにかなれと思いながら4人の戦いを見つめていると、俺の横にヒラルダがやってきた。彼女は俺に好意を抱いている訳ではない、つまり俺の味方ということだ!


「あの、考えていることは予想できますが、あんまり期待しない方がいいと思いますよ」

「あ、アイビー?」

「ん? いや、だから何の話だって──」

「あの4人がテオドールさんを取り合ってるんですよ」

「そうなのか?」


 そ、そうなんだよ!


「なら、私はエリッサ様を応援させてもらおうかな。私はこれでも王国の為に尽くす貴族だから」

「ちょっとー? 王国の為なら俺と結婚させない方がいいんじゃないのかー?」

「何を言っているのからわからないけど……貴方のような実力者の血を後世に残せるのなら私はなんでもするべきだと思うけど?」


 おいおい、流石は脳筋だな次期辺境伯。


「で、アイビーは?」

「私は……可愛い後輩ですからエリナちゃんにつきますね」

「あれぇ? 俺の味方は?」

「いないですね」


 なんでかなぁ?


「誰かエレミヤとアッシュ呼んで来い!」

「エレミヤは王都で仕事中だ」

「アッシュさんはお父様の病気の様子を見に領地に戻ってますよ」


 くっそ、こんな日に限って味方がいない!


「……そもそも2人もテオ先輩の味方をしてくれると思えないって言った方がいいのかな?」

「やめてやれ。精神が崩壊するかもしれないぞ」

「流石にそこまで柔じゃないと思いますけど……まぁ、裏切り者扱いするでしょうね」


 こ、このままではマズい。何が一番マズいって、割と最近、学園内で俺が魔法騎士団副総長の息子であることが広まっているせいで、俺の行動に注目が集まっていることだ。その結果、俺は偉大な父親の権威を笠に複数の女性を侍らせているクソ野郎扱いになっていることだ!


「な、なんとかして俺の評価を回復させなくては」

「やろうと思ってもないことを……そもそも、他人の評価なんて気にしないじゃないですか」

「それとこれは別だ。別に他人の評価に重きを置いているつもりはないが、屑と罵倒されるのは勘弁ならん」

「なんという清々しいまでの屑みたいな言い訳……エリッサ様がかわいそうだ」


 うるせぇ!

 俺はなぁ! 前世では特に女性と好い仲になんてなれなかった童貞野郎なんだぞ!? いきなり転生して神のような視点を手に入れたからっていきなり女の扱いが上手くなったり、女性を複数に侍らしてハーレムを上手く回したりなんてできねぇんだよ!


「もういい! 俺が直接介入してやる!」

玲瓏なる羽衣ラグエル

慈悲の雷霆レミエル


 え。

 俺がウルスラグナを片手に4人の戦いに割って入ろうとした瞬間に、背後に座っていたエノとリエスターさんがグリモアを解放した。


「女の戦いに無粋な真似はさせられないな」

「お姉ちゃんとして全力で止めるよ」


 あ、あの……えぇ……詰んだ?

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