第176話 価値観の違い

 絶賛大ピンチである。

 全く予期していなかった大ピンチで、俺は滅茶苦茶困惑している。ここまでのピンチに陥ったのはこの世界で生きてきて初めて……いや、前世を含めてもこんなピンチには出会ったことがない。


「さて、そろそろ白黒つけてもらおうかしら?」

「全くですね」

「えぇ……」


 俺の前にいるのは、エリッサ姫とエリクシラ。

 全部が片付いたので適当に授業を受けるだけの日々を送っていた俺の所に現れて、突如責任を取れと言ってきたのはエリッサ姫だった。


「まさかここまでやっておいて、なんの責任も取らないなんて冗談よね? 男として恥ずかしくないのかしら?」

「お、男としてとか、女としてとかはよくない価値観の押し付けだと思います!」

「言い訳を聞きたい訳じゃないの……答えをはっきりさせなさいって言ってるのよ、このヘタレ男!」


 2人が求めているのは、俺が誰と好い仲になるのかって話だ。つまり、将来を見据えて付き合うのは誰にするのかって……エリッサ姫とエリクシラが迫ってきたことになる。

 確かに、俺は今までずっと女性とのそういう関係になる話から露骨に逃げてきたが……まさかここにきてそれが再発するなんて思いもしなかった。どうやら、全員がクラディウスのことがあるから今は放置しておいてやろうって思っていたらしく、片付いたから速攻でエリクシラとエリッサ姫がやってきたらしい。


「あー……まぁ色々とあると思うけど、エリッサ姫は国のお姫様だし、エリクシラだって貴族の令嬢なんだから流石に俺みたいな庶民と結婚て言うのはね……無理だよ?」

「は? なら貴族やめますけど」


 エリクシラさん? 速攻で貴族の立場捨てようとするのやめませんか?


「なっ!? 私の方が先よ!」

「何言ってるんですか? 私の方が先にテオドールさんと出会ったんですけど」

「出会ったのが先なんて決まりはないわ」

「私の方が先って言ったの貴女じゃないですか。そもそも、貴女は自分の立場を全部捨ててでもテオドールさんと一緒になるような覚悟があるんですか?」

「はぁー? あります!」

「いや、エリッサ姫はあっちゃ駄目だろ」


 エリクシラはギリギリ、貴族の落ちこぼれなんて言われているから家を捨てても特に大きな問題にはなったりしないだろうけど、普通に考えてエリッサ姫は立場を捨てられる人間じゃないだろ。


「ふん、私はテオドールさんの秘密も全部知ってるんですからね? 貴女とは違って」

「なっ!? どういうことよテオドール!」

「あー……話す機会がなかったというか……正直喋らなくても大したことがない問題だと言いますか。とにかく、そこまで俺は重要だと思っていないことを、エリクシラが勝手に重要な秘密だと言っているだけで」

「はん! ならエリクシラが勝手に言ってるだけじゃない」

「は? テオドールさんの言葉が適当なんていつものことじゃないですか。少なくとも、私はものすごく大事なことだと思ったんですけどね……あ、もしかしてテオドールさんの言うことなら何でも聞いちゃう頭が弱い人なんですね。可哀そうに……」

「むっかー!? ちょっとテオドール! 貴方が抱えている秘密を教えなさいよ!」


 ひ、秘密って言っても、原典デミウルゴスはもうなくなったし、前世の件ももう一つの魂も全部片付いたことだからあんまり話したくないんだけど……この状況、どうすればいいかな。

 あ、そうだ!


「俺の秘密はエリクシラだけが知ってると思ってるけど、もっと知ってる奴がいるぞ」

「は? 初耳なんですけど……誰ですか?」

「そいつから全部聞けばいいのね?」

「ルシファー」

『おい!? 私を巻き込むな!』


 いや、俺の中に勝手に住み着いてるんだから俺の秘密なんて全部知ってるだろ。しかも、ミカエルとルシファーは魂の色を判別できるから、俺の中に白と黒の魂があったことも知っているし、それに応じてグリモアが複数あったことも知っているはずだ。つまり、下手するとエリクシラよりもルシファーの方が詳しく俺のことを知っているということになる。よし、完璧な作戦だな。


「ルシファー……ちょっと表に出てきなさい」

『なぁ、嬢ちゃん……流石にルシファーは分が悪くないか?』

「ガルガリエル、黙ってなさい」

『はい』


 すっかりエリッサ姫の尻に敷かれてるんじゃないよ、ガルガリエル。お前はそれでもミカエルの部下の社畜から解放されたんじゃないのか? そのままだと上司がミカエルからエリッサ姫に変わっただけで状況が変わっていないぞ!


「騒がしいな……テオ、どうしたんだ?」

「テオドール先輩、お迎えに来ましたよ」


 再びエリッサ姫とエリクシラの喧嘩がヒートアップしてきそうなところに、人がやってきたので天の助けかと思ったら……どう見ても燃料だった。


「揃ったみたいね……さぁ、テオドール、選びなさい」

「……なんのことか察しましたが、そうやって強制するからテオドール先輩に面倒だとあしらわれるのでは? 私はテオドール先輩の味方ですからね」

「あ、ちょっと小賢しいことして印象を良くしようとしてんじゃないわよ!」

「エリッサ姫、言葉遣いが荒い。ガルガリエルのせいだろ」

『なんで俺!?』


 身体の中にいるんだから影響与えてるのはお前だろうが。


『はぁ……また始まったのか』

『女の戦いもまた熱いものだな!』

『テオドール! 私に罪を擦り付けたこと謝罪してもらうぞ!』

「謝罪してやるから俺の身体の中から出て来いよ」

『外に出たらこの女共に絡まれるだろうが!』


 ルシファーともあろうものが情けない奴だな。

 俺からすると、逆にニーナとエリナがやってきたことで随分と楽になったんだぞ? 確かに燃料ではあるが、4人に増えたことで俺に向かってくる矛は結果的に少なくなるからな。


『……実際に、テオドールが好きなのは誰なんだ?』

「あ、馬鹿」

「テオドール?」

「テオドールさん?」

「テオ?」

「テオドール先輩?」


 ルシファー、てめぇ……絶対にわざとだろ!

 さっきまでギャーギャー騒いでいたのに、いきなり全員が同時に俺に近づいてきた。なんでこう言う時だけ団結するのかな……もっと他の時に団結しろよ。

 しかし、ここまで来るともう言い逃れることもできないかもな。覚悟を決めるべきか。


「ぜ、全員が好きってことじゃダメかな?」

「……は?」

「それで納得できるとでも──」

「──いいぞ」

「はい、テオドール先輩がそれでいいのなら」


 あれ?


「な、なに言ってるのよ」

「普通に考えて誰か1人を選んでもらわないと」

「別に重婚が禁止されてる訳でもないだろう? ならテオの好きにさせればいい」

「私もニーナ先輩の言うことに賛成です。無理やり選ばせる方が酷ではありませんか?」


 あー……これは生粋の貴族であるエリッサ姫とエリクシラ、王都外郭のスラム育ちであるニーナとエリナ、二つの価値観の違いが出たな。

 うーん……まぁ、そこら辺は根気よく話していくしかないだろうな。

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