第175話 強い違和感

 俺たちはボロボロになりながらもなんとか終末を退けることができた。とは言っても、所詮は終末の名前を持っているだけの龍を殺しただけなので、人類が永遠に安泰だとかそんな訳でもないんだが……とりあえず、しばらくは安心して穏やかに過ごせるだろう。

 それにしても……クラディウスが王国にやってくる前に倒さないと被害がデカくなるからって孤島までやってきたのは自分なんだけど、俺たちが世界を救ったかもしれないことは、誰にも知られてないってのもなんとなく寂しいな。別に世界の救世主だって称えて欲しい訳じゃないけど、何も知らずに平和の過ごしている裏で世界の崩壊があったかもなんて、怖い話だと俺は思う。



 学園に戻ってきた俺たちは、流石に全員がボロボロだったのでまともに授業も出られずに全員で休むことになった。俺とエリクシラ、エノとエリナは授業サボりがちだから出席しないと結構やばいんだけどな。なお、アイビー、エレミヤ、エリッサ姫はしれっと公欠扱いにしていたらしい。なんでそういう悪知恵を俺に教えてくれないのかな。


「……結局、クラディウスは人間が作り出したのにあそこまで強くなったのは何故なんですかね?」

「さぁ?」


 まぁ、クラディウスが死ぬ間際に世界の真実とか神がどうとか言おうとしてたみたいだけど……多分、なにかしらの直接的な干渉があったんじゃないかな。そうでもなければ人間が作り出しただけの存在があんな究極な不死身のような力を手に入れることなんてできないだろうし、世界の真実がどうとか言う訳がないだろう。

 この世界を外から見つめている神……ルシファー、クラディウス、そして俺の中にいたもう1人のテオドール・アンセムの言葉から考えるに、そいつは世界を管理している強大な奴ってよりは、単純に箱庭を眺めているだけってことなんだと思う。俺はてっきり全能の力を持ったとんでもない奴だと思ってたんだけどな。


「なんにせよ、これで全部終わったんですから、ようやく静かに学生生活が送れるってものですね……色々とありすぎて疲れましたから」

「え? まぁ、うん……魔法騎士になるやめようかな」

「は? 急になんですか?」


 うーん……このまま魔法騎士科を卒業して魔法騎士になるのもいいけど、そのまま魔法騎士になると国の為に働かないといけないんだよね。俺はどうもそれが合わない気がしてなぁ……確かに生活は安定するし、きっと両親も安心できるんだろうけど、俺はこのまま神を追いかけるつもりだから、国に縛り付けられたくないんだよね。


「テオドールさんがしたいことを好きにやればいいと思いますが……少しだけ寂しい気もしますね」

「そうかな? 別にこの学校を今から退学して旅に出る訳でもないのに、そんな寂しいことになるか?」

「なりませんか? 同じ道を目指さないと言うのは少し……寂しいじゃないですか」

「いや、エリクシラはどうせ家の都合で魔法騎士になれないだろ」

「はー?」


 だって、ビフランス家の落ちこぼれとか言われてるんだから、どうせそこら辺の貴族と政略結婚させられて魔法騎士になんてなれないだろぐらいに思ってたんだけど……違うの?

 アッシュみたいに魔法騎士として成りあがった家ならまだしも、ビフランス家はもう歴史も古い家なんだから簡単には逃れられないと思うけどな。


「本当に、貴方は女性に対する配慮とかないですよね」

「ある訳ないじゃない。こんな男に求める方が酷よ」

「ヴァネッサ、今俺に喧嘩売ったか?」

「事実じゃない」


 くっそ……契約が切れたからって好き勝手に古書館で過ごしたりしやがって。さっさと自分の村にでも帰ればいいのに、普通に人間の街にやってきて本を読み漁ったりしてるからな。元々、人間に興味があって街に出てきただけのことはある。

 それはそれとして、これから先のことをちゃんと考えていかないと。


「やぁ、寮にいないと思ったらこんな所にいたんだね」

「こんな所って言うな……エレミヤ」


 俺たちと同じようにボロボロになって休みになっている癖に、なんで普通に出歩いてるんだよ。公欠扱いにして出席日数を問題なくしてる癖に……腹立ってきたな。


「君のグリモアについて話が合ってね」

「グリモアぁ?」

原典デミウルゴスのことじゃないんですか?」


 あぁ……そう言えば、しっかり原典デミウルゴスについて教えたのってエリクシラにだけだったか? まぁ関係ないけどな。


「君はグリモアを複数持っていたけど、僕が知っているより多かったよね。何個持っているのかな?」

「ん? 1個」

「は? そこで嘘吐かないでくださいよ」

「いや、今は1個しか持ってないよ。クラディウスを倒す為に全部捨てちゃったから」


 そう説明しながら俺は正典ティマイオスを手元に呼び出す。パッと俺の手の中に現れた正典ティマイオスを見て、エレミヤは目を見開いた。多分、この剣から発せられる何かしらの力を感じ取ったのだろう。あるいは……直感的に正典ティマイオスの危険性を見抜いたか。


「……その剣を使って、僕と戦わないかい?」

「えー……やだなぁ。まだ正典ティマイオスは使いこなせてないから」

「使いこなせていなかったらどうなるのかな?」

「うーん……二度と治らない傷を受けることになるよ」


 ちょっとずつ正典ティマイオスの性能も頭の中で理解できるようになってきたからわかるんだけど、世界に紐づいた概念ごと斬ることができるから、相手に対してどうやっても治らない傷を与えることもできるんだよね。まぁ、魂にそのまま傷をつけるようなもんだな。

 魂に傷をつけることができれば、どんな治癒の魔法を使おうとも治ることは決してない。模擬戦で振るうなんてできる訳もない力ってことだな。


「そっか……流石にそこまでだと無理強いはできないなぁ」

「でしょ? まぁ俺が完璧に使いこなせるようになったら、その辺もなんとかできると思うけど……思ったよりじゃじゃ馬なんだよな」


 自分のグリモアなのに制御できないってどうなんだろうって思うが、これも魂二つ分の力だから仕方ないことなんだって諦めるしかないな。実際、俺は魂の位階が上がっているからなんとか振るえているだけで、人間が扱おうとしたら自滅してしまいそうなぐらいの力は持っていると思う。そもそも世界に紐づいたものを概念で切り裂くってなんだよって、自分でも思うから。


「なんか……本当に人間じゃなくなったみたいですね」

「ん……まぁ、多分人間じゃなくなったんじゃないかな」

「え」


 まだ強い実感はないけど……確かに俺の中で明確に何かが変わった気がするんだ。テオドール・アンセムの言っていたことも、ルシファーの言っていたことも本当だったってことだな。

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