第174話 疲労困憊

「お、終わったの?」


 空中のクラディウスの身体が砂のように消えていくのと同時に、俺が3枚におろした巨大な身体も同じように塵となって消えていく。クラディウスは完全に滅んだと思っていいだろう。

 正典ティマイオスを片手に普通に立ち上がろうとしたら、手の中から正典ティマイオスが消えて俺はふらふらとその場に倒れこんだ。偽典ヤルダバオト原典デミウルゴスが融合して正典ティマイオスになってから、ずっと俺はハイな状態になっていたが……今になってそれが切れて身体の疲労が戻ってきたんだと思う。あれだけの力、魂の位階が上がって人間ではなくなったと言っても限界はあるということだ。

 魔力もすっからかんだし、身体の疲労も無視できるレベルじゃない。このまま放置されていたら多分そのまま死んじゃうぐらいには俺はボロボロだ……直接的な怪我はそんなにないけど。


「だ、大丈夫ですか!? ちゃんと立てますか!?」

「あー……数時間待ってくれれば立てるようになる」

「重傷ですよ、それは!?」


 エリクシラが俺の耳元でキャンキャン騒いでいるが、別に身体に異常がある訳ではないので大丈夫だ。だから神秘の書ラジエルを使って回復魔法なんて使わなくていいから……俺のはただの魔力欠乏と体力がなくなってるだけだから。

 俺とエリクシラのそんなやり取りは無視して、空を飛んでいたエレミヤたちが降りてきた。ルシファーもよくみたら結構攻撃を受けていたみたいで、ちゃんと血を流していた。


「……クラディウスなんて余裕じゃなかったのか?」

「誰がいつそんなことを言った。あれは私にとっても面倒な相手だと言っただろう」


 そうだっけ……まぁ、なんだかんだ言ってルシファーがいなかったら俺達みんなやられてたと思うぐらいには強かったな、ルシファー。


「こ、これで本当に……人間が滅びることはなくなるんですか、テオドール先輩」

「え? あぁ……とりあえず、あのクソドラゴンがいなくなったからしばらくは大丈夫なんじゃないか?」

「そ、そうですか……」


 エリナとエノはいきなり巻き込んじゃったからな。不安になるのも仕方ないか……ただ、今回の戦いで決着はついたんだからこれで人間が滅びることはなくなった訳だ。いやーよかったよかった。


「いてて……ちょっと誰か手貸してくれ」

「仕方ないですよ」

「私が手を貸してあげるわ」

「掴まれ、テオ」

「わかりましたテオドール先輩」


 俺が手を伸ばして助けを求めたら、即座にエリクシラ、エリッサ姫、ニーナ、エリナの手が伸びてきた。一気に4つも手が伸びてきて俺はどれを掴めばいいのかわからずに視線をうろうろさせていたら、そのまま4人が手を引っ込めて笑顔を浮かべ始めた。


「私がテオドールさんを助けるので、別にいらないですよ?」

「あら? 私はテオドールのことを理解して上げているもの。それに、エリクシラには他の人の傷を癒す仕事があるのでは?」

「別にテオは私が助けるから問題ない。お前らみたいな非力な女とは違うからな」

「あの、テオドール先輩に迷惑なのでやめてもらっていいですか?」


 はぁー……いいから助けろ。


「はい」

「お、おぉ……ありがと」


 4人がちょっとずつヒートアップしている横から、エレミヤが俺に手を伸ばしてくれた。いや助かるんだけども……それはそれとして、俺だって綺麗な女の子に手を伸ばしてもらいたかったなって思うんですよ。なんで最後まで君に助けられなきゃ……いや、感謝はしてるよ? 俺に最初から最後まで付き合ってくれたのなんてエレミヤぐらいだし、本当に感謝はしてるんだけどね? それはそれとしてなんだよ。


「ふぅ……私もちょっと力を使いすぎたから、しばらくは休ませてもらうよ」


 エレミヤに肩を貸してもらいながら立ち上がったら、ミカエルが心底疲れたって感じの声を出しながらエレミヤの身体の中に戻っていったのだが……同時に、エレミヤの身体にも疲労の限界が来ていたらしく俺と一緒に倒れそうになり、アッシュが支えてくれた。


「……やっぱり男なのか」

「俺で悪かったな」


 なんだかんだ言って、俺だって年頃の男なんだから女の子に抱きしめて欲しかったなぁ。でも、基本的にみんな疲れ果てているし仕方ないかな……アッシュだって俺とエレミヤを支えてくれているけど、元気って訳じゃないしな。


「もう疲れ果てているし、歩きたくない気持ちもわかるんだけど……みんな、船長さんが待ってると思うから砂浜まで行こうか」

「えー!? 流石にちょっと休憩したーい!」

「船で存分に休憩できるから、もうちょっと頑張ってくれエノ」


 俺もこの場で寝転がって意識を飛ばしてしまいたい気持ちはわかるけどな……でも、やっぱりこんな無人島で寝転んでいたらどんな目に合うかもわからないから、ここはさっさと船に戻った方がいいんだ。


「私が海獣を使えば、船長もわかるんじゃないかしら」

「そんなことできるのか」

「それくらいの余力は残ってるわ」


 そうか……ヴァネッサは凄いな。俺なんてもう歩けないぐらいに身体がボロボロだぞ……人間を超えたはずなのに、なんで俺だけがこんなに疲れているのか。いや、もしかしたら魂の位階が上がったけど、まだ身体がついてきてないのかもしれない。そうだとしたら納得できる……そういうことにしておいてくれ。


「おい、そう言えばテオドールの中から全能の光ルシフェルが消えてるから、無理やり身体に入れなくなったんだが?」

「……ないと入れないのかよ」

「当たり前だ。あれは魂の繋がりなんだからな」


 知らないよ……そもそも偽典ヤルダバオト原典デミウルゴスを合体させて正典ティマイオスにした時に、全能の光ルシフェルはなくしちゃったんだよ。偽典ヤルダバオト原典デミウルゴスの能力はギリギリ残ってるけど、全能の光ルシフェルは完全に後付けの能力だから残ってもないしな。


「魂だけじゃない、肉体として存在する唯一の天族になっちまったな」

「まだわからないだろう。もしかしたら、アザゼルが肉体で残っているかもしれない」

「かもしれないじゃん」


 そんな誰も行き先を知らない奴のことなんてわかる訳ないだろ。


「うーむ……しかし、私はお前と共に先を見てみたいのだがな」

「俺と一緒に、先?」

「神を殺すんだろう?」


 あ?

 それは俺ともう一人のテオドール・アンセムとの約束だが……なんでルシファーがそれを知っているんだ?


「いや、そもそも俺は殴るとは決めているけど、殺すとは考えてないぞ。神を殺しちゃったら世界が崩壊するかもしれないし、もしかしたら殺した俺が代わりに世界を運営しろとか言われるかもしれないんだから」


 極力、リスクは減らしておきたいからな。

 まぁ……でも、ルシファーも神を認識して殺したいって言うのならばもう一度、身体の中に住まわせてやるぐらいはいいのかな、うるさいけど。

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