第173話 終焉

「無駄だ……どれだけ人間を超えた力を手に入れようとも、我が肉体は永遠! 俺の力の前に平伏するが……」

「次はお前だな」

「な、何故だ……何故、復活しない」


 綺麗に三枚おろしにした蛇がそのまま海に落ちていくのを尻目に、俺は正典ティマイオスを構えてクラディウスに向き直る。龍は片付けたのだから、次は人型の方だ。


「なんなんだ……なんなのだ貴様のその力はっ!」

「知らないよ。俺だって自分の力の全てなんて把握してないし、この剣がなんなのか詳しくは知らない……けど、お前を殺すことができる力だってのはわかる」


 まぁ、雑に考察するのならば、あのクラディウスの巨大な肉体は人間の怨念や魔力を吸収して成長し続けて作られたものだから、それを世界から断ったんじゃないかな。つまり、怨霊はさっさと成仏しろってことだ。

 俺の正典ティマイオスにキレながら突っ込んできたクラディウスの右頬を殴り、左足を切断してから心臓を貫く。しかし上の龍は簡単に始末できたのに、こいつは中々にしぶとい奴だな……世界からこいつそのものを断ち切って外に追放してしまうって方法もあるだろうが、それをするにはちょっと世界に穴を空ける必要があるから無理かもしれない。


「がぁっ!」

正典ティマイオス

「なっ!?」


 口から吐き出された魔力弾を普通に刀身で吸収する。必要ないから使っていないだけで、別に正典ティマイオスになったからと言って、偽典ヤルダバオトの能力が全く持って使えない訳ではない。そんなことしなくても普通に斬ってしまった方が速いからやらないだけで。しかし、ただ斬るだけではこいつは死なないようなので、色々と試してみる。

 偽典ヤルダバオトと同様に、正典ティマイオスを魔力を吸収することができるし、原典デミウルゴスのように形をある程度好きにすることはできる。まぁ、流石に原典デミウルゴスのように剣から他の物にってことも能力を付与するってこともできないけど……刀身を伸ばすことぐらいはできる。


「ぎぇっ!?」


 正典ティマイオスを大剣の大きさに変えて両手で持ちながらクラディウスの身体に斬りかかり、吸収した魔力を解放して身体を吹き飛ばす。

 ぼん、っという音と共に内側から爆散したクラディウスの身体は……少しすると俺から離れた場所で肉片が集まって再生し始めた。大剣から普通の直剣ぐらいに大きさを変え、地上でエリッサ姫たちが戦っている魔獣の群れに対して斬撃を放って援護しながら、再生してこちらに向かってきたクラディウスの首を刎ねて身体を細切れにする。


「認めない……私は認めんぞ! 我こそが最強! この世の理を超えた生物! そんな俺が……下等な人間如きに負けるなどあってはならないのだ!」

「諦めの悪い奴だな」

「まったくだ……ルシファー、なんとかあいつを殺す方法は思いつかないのか?」

「もし、あれも本体ではなかったとしたら?」

「その可能性はあるって最初に言ってただろ。だったら何処に本体がいると思う?」


 龍の身体はしっかりと生物として作られていたようだが、どうも目の前の人型の肉体は世界に対してこびりついているバグのような存在に俺には見える。そうすると、どこかしらにもう一つ身体、というか意識を司るようなものがある可能性は充分にある。


「……人間を超えたのだろう? お前が探せ」

「えー……まぁ、いいけどさ」


 複数の魂を結合させたことで位階が上がってしまった俺にとって、この世界箱庭は狭い場所だ。だからこの世界のどこかにあるクラディウスの本体を探すことなんて、造作もないことなのかもしれない。

 意識を集中してクラディウスの本体を世界から探す。それは、まるで世界の歴史を本の索引から探すような感覚で……あまり愉快なものではない。


「見つけ、たんだけどなぁ……」


 しばらく集中しているとクラディウスの本体らしき存在の力をはっきりと感じたのだが、それと同時にこの世界を見下ろしている存在とも目が合った。


「自分の作った箱庭を荒らされるのは嫌いか? まぁ、好きな奴なんていないと思うけど」


 実際に世界箱庭を荒らしまわっているのは俺だが、俺を送り込んだのはお前の同類なんだから俺に文句は言わないで欲しいんだけどな。

 頭に響くような声なき声を俺に対して叫ぶ上位存在には苦笑いを浮かべてしまうが、奴はどうやらこの世界そのものに干渉することはできないらしいので、精々そこで眺めててもらうとするか。自分が作った悪趣味な箱庭が、もっと悪趣味な奴によって作り変えられ行く姿を。


 現実に意識を戻してきた俺は、即座にクラディウスの本体がいる場所へと向かって飛ぶ。俺が飛んでいく方向から何処に向かっているのか察したのか、クラディウスは金切り声を上げながら俺の背後を追いかけて飛んできたので、正典ティマイオスで身体をバラバラにしてからエレミヤとルシファーに後を任せる。


「きゃあっ!?」

「今度はなんだ?」

「て、テオドールさん!?」

「危ないじゃない!」


 エリッサ姫、アッシュ、エリクシラ、そしてヴァネッサが魔獣と戦っていた場所に降り立つ。無限に湧いてくる魔獣との戦いで大分疲弊しているようだが、俺に対して文句が言えるぐらいには元気が余っているらしい。しかし、今回は別に4人に用事があって降りてきた訳ではないので、文句はスルーして正典ティマイオスを振るって森の木々を吹き飛ばす。


「なっ!?」

『ど、どんな威力してんだ!? お嬢ちゃん、あいつはやべーぞ!?』

『な、なんじゃこの力は……』


 森の木々と共に魔獣たちも吹き飛んでいったが……俺の目的は木々に隠れていたクラディウスの。さっきの衝撃で隠れる場所がなくなったクラディウスの本体は、俺の前に姿を現した。


「ふっ……これが終末の正体、ね」


 俺の視線の先にいるのは、地面を這うように逃げようとしている小さな虫。百足のように足がたくさん生えているその虫は、どこまでも小さくて魔力も持っていないように見えるが……実際には数々の死骸を食い荒らして力を付けてきたクラディウスの本体だ。

 魂の位階が上がって世界を見る目が変わった俺には、しっかりとクラディウスとあの百足の間に糸のようなものが繋がっているのが見える。どんな気持ち悪い奴かと思ったら……虫とはな。


「しかし、数千年前の人間たちは随分と追い詰められていたんだな。まさか百足にあらゆる怨念を込めてあんな怪物を生み出せるような存在に変えちまったんだから」


 地面を潜ろうとする百足の身体に正典ティマイオスを突き刺し、動きを止める。


「がっ!? ま、待て……わ、私の知っている世界の──」

「終わりだな」


 今更、クラディウスから聞ける世界の事情なんてどうでもいい。

 百足の身体をバラバラにすると、同時に悲鳴を上げながらルシファーと戦っていたクラディウスの身体がボロボロに崩れ去り……エリッサ姫たちが戦っていた魔獣たちも土塊に変わって消えてしまった。

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