第172話 三枚おろし

「馬鹿、な……」


 うーむ……思ったよりも簡単に斬れてしまった。

 俺を飲み込もうと放たれた魔力の奔流は、正典ティマイオスによって簡単に切り裂けた。やはり正典ティマイオスが斬っているのは世界の概念そのものなので、相手の強度とか魔力の強さとか威力とかは全く関係がないようだ。さっき斬った魔力の奔流は、確かに強烈な攻撃ではあるが……世界に紐づいている部分が魔力という一点だけなので、肉体を斬るよりも簡単に斬れてしまった。


「さて、さっさと斬るか」


 その場にいる全員、クラディウスまでもが呆然としている様子だったが、俺には空中に浮いているあの巨大な龍しか頭にない。

 俺がそのまま上昇していくのを眺めている中で、最初に動いたのは上空の方のクラディウスだった。どうやら下の人間体のクラディウスと上のクラディウスの意識は別らしいな……クラディウスにとってのグリモアみたいなものなのかな?

 こちらに向かって大量の魔力弾を放ってきたが、恐らくは巨大な一撃ではさっきのように消し飛ばされると思っているのだろうが……はっきり言って数は問題ではない。


正典ティマイオス


 右手に握った正典ティマイオスを構えて、そのまま振るう。こちらを狙ってぐねぐねと曲がりながら飛んでくる魔力弾が複数、そのひと振りだけで消し飛ぶ。数も問題ではないが、距離も俺にとっては大した問題ではない。

 魔力の刃を飛ばしている訳ではないが、直線状の全てを切り伏せていく……これでも斬っているものは選んでいるつもりなんだが、まだ上手く制御できているわけではない。


「おのれっ!」

「しつこいぞ! お前の相手は私たちだと言っている!」

「ぐっ!? ルシファーぁぁぁぁ!」


 下ではルシファーとクラディウスがギャーギャーと騒いでいるが、俺の知ったことではないので無視。


「ん?」


 魔力弾を身体中から発しながら、口の中から鳥のような魔獣が何匹も飛び出してくる。ビームでも駄目、そして魔力弾でも俺を倒すことが不可能だと思ったから次は魔獣を生み出して俺を攻撃させようって作戦だ。しかし、魔力弾をそのまま切断されて消滅させられているのに、魔獣ならいけるんじゃないかって考えが意味わからないんだけど。

 高速で空を飛びながら突っ込んでくる魔獣は確かに驚異的かもしれないけど、俺の敵になるかって言われたらそうでもないと思う。

 こちらを狙った一気に突っ込んできた魔獣をまとめて薙ぎ払いながら、こちらをつけ狙って空中を曲がる魔力弾も切り払い、遠くに見える上空のクラディウスに向かって剣を振るう。瞬間、クラディウスはその巨体からは考えられない反応速度で俺の斬撃を避けようとして、角を切断された。


「す、すごい……大気が震えてる!?」

「クラディウスがテオドールの斬撃を受けて悲鳴を上げているんだ……さっきまで全く僕たちを相手にしていなかったのに、テオドールが剣を振るっただけで角が切断された……でも、テオドールと言えどもあんな力はなかったはずだけど?」


 避ける……そうか、そういう方法もあるのか、正典ティマイオスから逃げる方法は。じゃあ、逃げられないような近くから振るえばいいのか、それとも直接正典ティマイオスを身体に押し当ててやればいいのか。うぅむ……迷いどころだが、さっさと斬ってしまうか。


「テオドール! 突っ込みすぎるな!」

「いや、今はそのままでいい……ニーナ、アイビー、ヒラルダ、私たちでなんとか魔獣を殲滅する。悔しいが、今のテオドールなら1人で戦わせる方がマシだ」

『同意。人間超越せし者、多勢は足手纏い』

「私とお姉ちゃんも」

「エノとエリナはエレミヤとルシファーを頼む。どうせ上の龍を片づけたら、テオドールが下のクラディウスも片づけるんだ……それまで自由に動かない様にしておけ!」


 ん? 炎、影、水、雷……ウリエル、サリエル、ガブリエル、レミエルか。多分、指揮しているのはリエスターさんかな? 俺の周囲には近づかずに遠くの魔獣だけを打ち落としている……俺の正典ティマイオスの出力が調整できていないことを見ただけで理解したのだろう。やっぱり、魔法騎士団の師団長にもなると違うな。

 実際、今の俺はまだ完全に正典ティマイオスを使いこなせている訳ではないから、近づかれると巻き込む可能性は高い。そして、俺がさっきから振り回している正典ティマイオスは巻き込まれて命が残るほど優しい威力をしていない。


「テオドールは明らかにこちらを巻き込まないように剣を振るっている。偽典ヤルダバオトが少しだけ黒くなったような武器だが……まさかグリモアをまだ隠し持っていたのか?」

「どっちにしろ、あの力を前に無理にテオドールさんに近づいてはいけません。あの剣は……見るだけで本能的な恐怖を呼び起こされる、そういう類の物です」


 うーん……世界に紐づいたものを概念ごと切り裂くことでなんでも斬ることができる剣だけど、どうも逆に概念以外を斬れなくなっている気がする。多分、ただの剣として出力を落とせば使えるんだろうけど……柔らかいものを握りつぶさないようにするかのように、強大すぎる力は簡単には抑えられない。正典ティマイオスに振り回されているような感覚なんだけども、同時に俺の腕のようなものでもあるので……よくわからないことになっている。

 とりあえず、周囲に群がってくる鳥型の魔獣は全部両断してから、一気に加速して逃げようとするクラディウスを追いかける。巨大な身体は少し動いただけで人間サイズからすると物凄い距離を移動しているんだが……俺が加速の方が上らしく、ぐんぐんと近づいていく。


「おっと」


 全身から生えていた棘からずっと魔力弾を発射していたが、今度はその棘が変質して触手のように伸びてきた。自分の身体を好きに改造できるってのはどういう感覚なんだろうな……それもちょっと興味あるけど、今は触手をなんとかしよう。

 空中で想像通りに身体が動くというのは思いのほか気持ちがいい。触手を避けながら一気に接近して、正典ティマイオスをクラディウスの首に突き刺す。


「ふ、ふざけるな……我の肉体が、そんな簡単に破壊できる訳が……」

「ふぅ……そろそろ終わらせるか、クラウディウス。お前はテオドールがまだ人間だった頃に逃げておくべきだった。今のあいつは、天族、魔族、人間……そしてお前をも超えた高次元の存在へと変質してしまったんだよ」

「そんなはずはない! 人間は神に近づくことなど決してできない! 我はずっと、怨念を喰らうことで神に……神、に」

「お前の負けだ」


 島よりも巨大な蛇を三枚おろしにするのも、中々気持ちがいいな。

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