第171話 万能感

「人間風情が私と対等に戦うつもりか?」

「ん?」


 さっきまでルシファーと取っ組み合いになっていたクラディウスが下から俺を追いかけてきた。翼で羽ばたきながらこちらに対して思い切り突っ込んできたクラディウスを普通に避け、上の龍から放たれた魔力弾もそのまますいすいと横に移動して避ける。


「なんだ、あの機動性は」

「空を飛んでいる訳でも、歩いている訳でもないね……本当に、思いのまま浮いているって感じで。私たち天族とも、君たち人間とも違う飛び方だ」

「……人間を超えたか、テオドール!」


 うーん……テオドール・アンセムあいつが言っていた魂の位階が上がるって表現がピンと来ていなかったんだが、こうして空を浮かんでいるとなんとなくわかる気がする。まるで世界の全てが手に取るようにわかると言うべきか……心地の良い全能感に浸っている感覚だ。


「消えろぉっ!」

正典ティマイオス


 しつこく向かってくるクラディウスに対して正典ティマイオスを構えて、名前を呼ぶ。熱を帯びながら少し震える正典ティマイオスを手に、そのままクラディウスの攻撃を避けて軽く振るい、クラディウスの身体を両断する。


「ば、馬鹿なっ!?」

「柔らかいんじゃないな……なんとなく、そもそも斬っているものが違う」


 目の前に見える物体をそのまま斬っているって感触じゃない。表現するのが難しいが……そう、まるで世界に根付いている存在そのものを切断しているような感覚。クラディウスの肉体という概念そのものを斬っているような感触だ。

 相手が硬いとか柔らかいとか、そんなものに意味はなく……ただ振るったものを概念ごと切り裂いているだけ。それが正典ティマイオスの切れ味の正体。

 両断した身体が即座にくっついて口から炎を吐いてきたが、それも正典ティマイオスを振るうだけで切り裂かれて消えていく。


「な、なんだその力は……人間のような羽虫が持っていていい力ではないぞ!」

「ふぅーん……じゃあ、お前が弱くなったんじゃないか?」

「黙れ! 人間如きの下等種族が調子に乗ったことを──」

「その人間が生み出した人工生命の癖に、下等種族とは笑えるな。自分が下等種族から生まれたことが気に入らないのか?」

「──殺す!」


 キレたな。どうやら、自分が人間によって生み出された存在であることが一番許せないことらしい。しかし、どうやっても過去は変えられないので、どれだけ本人が否定しようともクラディウスは人間によって生み出された人工生命でしかなく、人間を下等種族と見下しては自分の矛盾にひたすら怒るだけだろう。

 瞬間的な怒りと共に俺の前の前から消えたクラディウスは、超高速で俺の右側に回り込んで牙を剥いた。俺の首筋を噛み千切ろうって魂胆だろうが……全能感に浸っている俺には全てが手に取るように把握できる。止まれないスピードまでクラディウスが加速したのを確認してから、その先に正典ティマイオスを構えれば勝手に突っ込んできて両断された。


「ルシファー、こいつをなんとかしてくれ」

「自分でなんとかできそうに見えるが?」

「俺はあれを斬りたいんだよ……正典ティマイオスがあれを斬れってうるさいんだ」


 俺が目指しているのは上の龍だ。クラディウスの本体がどうとか、そんなのは考えても理解できないが……俺の手の中にある正典ティマイオスはあれを斬れと騒いでいる。なら、先にあれを斬ってみるってのが当たり前の考えだろ。

 両断されても即座に再生したクラディウスが再び俺に向かって突撃してくるが、その前にルシファーの光の矢がクラディウスの翼を貫いた。


「邪魔をするなルシファー!」

「はっ! 最初は私に夢中だった癖に、すぐにテオドールに夢中になるとは妬けるじゃないか! もっと私を見ろ!」

「ミカエル、ルシファーを援護してテオドールを助けるよ」

「わかった。私も手伝おう」

「ちぃっ!? 離れろ蛆虫共が!」


 ルシファー、エレミヤ、ミカエルの妨害のお陰でクラディウスがこっちにやってくることはなさそうだ。ひたすらに空を飛びながら上を目指す俺の横を、ちょっとボロボロになっているアイビーとヒラルダが追従してきた。


「貴方が寝ている間にかなり痛手を受けたんですけどね」

『まぁ、君が今からなんとかしてくれるなら大丈夫だろう。注意を惹くぐらいはできるはずだ』

「……あれを斬るって言ったいたけど、本当にできるのね?」

『ルシファーと同調するような奴なんて信用できる気がしませんが、今は貴方に賭けます』


 ぱっと見、俺の何かが変わったなんてわかる奴は魂が認識できるルシファーとミカエルだけだろうから、信用できないと言われるのもちょっと頷けるかな。でも、アイビーとヒラルダは俺のことを信じてそのまま突っ込んでいった。

 その後を追いかけるように雷と光が飛んでいったのが見えた。あれは間違いなくリエスターさんとエノだ。


「もう、まだ傷を癒し切ってないのに勝手に行ってしまうなんて!」

「おい、エリナ、私の傷を治してくれ」

「ニーナさん、腕が千切れているのは傷とは言わないんですよ!?」

『安心しろ、私の治癒能力なら腕をくっつけるぐらいはできる』

「もぅっ! テオドール先輩、なんとかしてください!」


 サリエルが作り出した影の上に座り込むようにして、ニーナとエリナが休んでいた。休んでいると言うか……どうやらニーナの腕が千切れ飛んだようで、エリナがラファエルの治癒の力を借りてなんとか治そうとしているらしい。まぁ……何も考えずに突貫するニーナらしい傷というか、死んでないなら大丈夫だ。

 言葉では返事をせず、目配せするだけで任せろと伝えて俺はひたすらに上昇する。4人の仲間が空中でクラディウスが発する魔力弾を相殺したり避けたりしながら頑張っているが……クラディウスの意識は完全にこちらを向いているな。


「嘘っ!?」

「くっ……またあの光が来るぞ!」


 空を飛んでいたエノとリエスターさんが先に察したようだが、クラディウスはこちらに向けて再び口を大きく開いて魔力の奔流で全てを消し飛ばそうとしている。さっき反射されたのに懲りない奴だと思うが……さっきのは総力を結集して弾き返しただけだから、もう一度やれば勝てると思ったんだろう。

 今度は全員が纏まる時間を与えないようにするためか、チャージは前のように完ぺきではないが島を消し飛ばすには充分な威力を溜めてから思い切り放った。その直線状にいるのは……俺だけだ。


「俺を殺すためだけにそんな大層なことしてんのか? 全く……困ったもんだな」


 ちょっと余裕を見せるようにしているが、俺は正典ティマイオスの力を完全に把握している訳ではないので、実際に正典ティマイオスだけでなんとかなるのかはわからない。けど……妙な万能感に全てを委ねてしまうのも、ありかもしれないな。

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