第169話 融合

 顔面に自分が放った魔力の奔流を受けたクラディウスは、流石に耐えきれなかったのか顔が爆散してしまった。あっさりと決着がついてしまったが……こっちは結構苦労したからいいことにしよう。


「これで終わったと思ったのか? 我は不死身! 俺は最強! 私の力は永遠に消えることなどない!」


 いや、上空のクラディウスは普通に爆散したのにルシファーと戦っている方は普通に元気だな。何度も胸を貫かれているし、ルシファーとの戦いで少しは消耗していると思ったんだがそんなこともなく安定しない一人称のまま喋り続けている。

 さっさとあのうるさいのを黙らせてしまって帰りたいところだけども……どうやらそう簡単にはいかないらしい。


「復活せよ我が肉体!」


 消し飛ばされたはずの顔がそのまま復活しようとしているのを見て、全員が同時にクラディウスに向かって魔法を放つ。しかし、それよりも速くクラディウスの尾らしきものが俺たちの前を通り過ぎて全ての魔法を受け止めてしまった。

 数秒もすると、消し飛ばされた顔がそのまま元に戻り……再びこちらに向かって幾つもの魔力弾を放ってくる。雨のように降り注いでくる魔力弾の中に、小さな魔獣らしきものも混ざっていて、もう対処することも不可能なレベルだ。


「ルシファー!」

「なんだ?」

「あれを殺せば終わるのか?」

「……わからない。少なくとも、私はあれを殺すつもりで何度も攻撃したが、不死身のように復活してくる……まさか肉体だけではなく、本体まで不死身ということはないと思うが」

「そもそもあれが本体かどうかもわからないんだろ? ならとにかくやってみるしかないだろ!」


 できることはまだある。俺の手にあるグリモア……偽典ヤルダバオト原典デミウルゴスにはまだできることがあるのだ。それは、全能の光ルシフェルの力を使ってなんとか魔改造してみることだ。全能の光ルシフェルの能力である魔力を自在に感知して操るなんてことはできないって話だが、例外として本人のグリモアというものがある。グリモアは魂に由来する魔力の武器なので、本来ならば大雑把にしか感知することができない魔力をはっきりと感知することができる唯一のものになる。

 全能の光ルシフェルの能力を使って魔力を自在に操る……つまり、グリモアを好き勝手に改変することができるということでもある。しかし、当然ながらリスクは存在する。まず、魂に由来するグリモアを改変するという行為自体が、自らの魂に対して大きな影響を与えかねないこと。そして……改変したものを戻すことはできないかもしれないということだ。それでも、今の状態で俺にできることなんてたかが知れている……なんとかするしかない。


「おい、それをしたら自分の人格が保てるかどうかの保証もないぞ」

「……なんでわかるんだよ」


 何も言ってないのに勝手に察するなよルシファー……でも、確実に勝つならこれしかないだろうが。


「まぁ、好きにすればいいが……自らのグリモアを改変すれば、当然ながらお前の中にある全能の光ルシフェルも消える。わかっているな?」

「そうなの?」

「当たり前だ。私が後付けで足したものではあるが、しっかりとお前の魂に与えたのだから、魂であるグリモアを融合させれば当然魂に付与していた全能の光ルシフェルも消える」

「あー……なら、これが成功したら俺はグリモア1になっちゃうのか」


 なんか、寂しいな。


「それが普通だ、我慢しろ」

「わかったよ」


 迷いはない。自分の人格が破壊されるかもしれないなんてのは承知の上だし……もしかしたら俺の中に眠る本来のテオドール・アンセムが目覚めて好き勝手やってくれるかもしれない。もっとも、俺は勝手にそのグリモアも融合しようとしているんだけども。


全能の光ルシフェル!」


 自らの中にある2つの力を合わせることをイメージする。大切なのは自身が扱うグリモアの魔力を正しく認識すること……全能の光ルシフェルの能力があれば魔力を認識して掴むことができれば融合させることは簡単なはずなんだ。


「ぐっ!?」

「テオドール!? 何をしているんだ!?」

「放っておけ……自分からやっていることなんだからな」


 空中に立っていることもできずにゆっくりと地上に向かって落ちていく。しかし、その間にも俺は偽典ヤルダバオト原典デミウルゴスを近づけていく。暗闇の中で光る2つの球体をくっつけるようなイメージで……両手に持った力を近づけていくと、急に世界から音が消えた。

 音が消えてからしばらくすると、世界から光が消え、肌から感じる空気の感触も消える。自分の五感が崩壊しているのかとも思ったが……どうやらそうでもないらしい。


「お前、は」

『君が勝手に僕の魂をくっつけようとしているのに、お前はって酷くないかい?』

「……テオドール・アンセム、なのか?」

『君も今はテオドール・アンセムだろう? なら名前に大きな意味なんてない』


 ずっと、俺の中で意識を持たずに眠っていたんじゃないのか? なんで今になって……俺が全能の光ルシフェルの力で無理やり魂に触れたからか? だから今更になって本来のテオドール・アンセムが意識を取り戻したのか?


「悪い、今は決戦中でな……これが終わったらいくらでも身体は取り戻してくれていいから、今は」

『別にいいよ。元々、この身体は君と僕、2人が入るように作られていたんだから』

「……は?」


 身体が2人で入るように作られていた? どういうことだ?


『まさか、普通の肉体が2つの魂を持ってまともに動けると思っているのかい?』

「でも、みんな天族の魂が」

『あれは人間と天族が魂を同化させているから、人格は2つでも魂は1つなんだよ。でも、僕たちは2つの魂に2つの人格……なにもかも違うんだ』


 じゃあ、そもそも俺も目の前にいる本来のテオドール・アンセムも、元々世界の異常者として生まれたって言うのか?


『正確には、外の神様が遊びでやったことみたいだけどね……あ、外の神様ってのはこの世界を見ている神様じゃなくて、別の世界を見ている神様のことね』

「なんでそんなことを、知ってる」

『そりゃあ……君が失った記憶を僕は持っているから。君が別の世界でなんて名前で呼ばれていたのか、どんな生活をしていたのか、何が原因でこの世界にやってきてしまったのか……でも、そんなことは知る必要もないんだ。だって、この世界に君を送った神様は、ただの悪戯ぐらいの認識だから』


 そんな認識で、世界にイレギュラーを生み出しているのかよ。


『文字通り、スケールが違うってことだよね』

「はは……それで、何のために俺の前に現れたんだ? このままだと人格が消えるから辞めてってことか?」

『ん? あぁ……警告しに来たのは合ってるけど、人格が消えることに関しては別に何も思ってないよ』


 警告しに来たのは、合っている?


『このまま行くと君、人間じゃなくなるよ?』


 は?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る