第168話 破滅の光

「お、おぉ……ルシファー強いな」


 簡単にクラディウスの胸を貫いたルシファーに滅茶苦茶驚いている。確かに、シンバ王朝遺跡で俺の身体に入ってから一度も本気を見せたことがないのは知っていたけど、まさかここまでの強さとは思わなかったな。しかし……クラディウスも胸を貫かれているのに全く動きを止めるような様子はない。


「おのれぇ……全て消し去ってくれる! 俺の力を見せてやろう!」

「げ」


 クラディウスの言葉に反応して、上空の超巨大な顔が真下に向けて口を開いた。あれは……多分、そういうことなんだと思うんだけど、マジでやられるとしたら普通にキツイぞ。


「全力で食い止めるぞぉ!」

「なんとかしないと消し飛ばされそうですし、やるだけやりますよ」

「ニーナ!?」


 ヒラルダのように何かに乗って空を駆けるニーナが思い切り叫びながら上空へと上がっていったのでちょっとびっくりしたが、よくみたらニーナが乗っているのは死の翼サリエルによって生み出された影のようだ。

 アイビーはしれっと死の翼サリエルでそのまま飛んでいるし、その後ろから水の龍に乗るヒラルダと、それに掴まっているエリナの姿もあった。


「全員の力を合わせればなんとか逸らすことはできるかもしれません」

「……本当にできるかどうかはわからないが、できなきゃ死ぬだけか」


 多分、冗談抜きであれをそのまま放置していたら俺たちは死ぬと思うけど……だからって逸らすことなんてできるだろうか。アイビーはやってみないとわからないって感じで言ってるが、そんな微かな希望に縋るタイプじゃなかっただろ。


「私だっていつまでも成長しない訳ではありません。そもそも、実はテオドールさんについてきてこんな場所まで戦いに来るなんて、国の情報部で働く人間として殺されてもおかしくないですし」

「そっか。なら、その時は俺たちが守ってやるよ」

「……遠慮しておきます。テオドールさんに借りを作ると変なことになりそうですから」


 なんだそれ……まぁ、いいか。


「俺が一番前に行く! みんなは後ろから援護してくれればいい!」

「テオドール先輩!」

「消し飛べっ!」


 クラディウスの口から超強力な魔力の奔流が放たれた。威力的には下の島を消し飛ばして、その余波だけで大陸を壊滅させることができるだけの津波を発生させられるぐらいだろう。はっきり言って、地上に当たっただけで俺たちの敗北が確定するようなものだが……諦める訳にはいかない。

 最初に原典デミウルゴスを可能な限り魔力を反射させる盾に変換して前に飛ばし、偽典ヤルダバオトで魔力を吸収しながら全能の光ルシフェルの翼で魔力を掻き分けるように逸らしていく。


「サリエル!」

『わかっている!』

「ガブリエル、ありったけの海水を!」

『ありったけと言っても限界があるのよ!?』

「いいから!」


 一瞬で原典デミウルゴスの反射限界を超えてこちらに降り注いできた魔力を、偽典ヤルダバオトで吸収するが、こちらも一瞬で持っていられないぐらいに熱くなってしまい、自分の身体を守ることも無視して全能の光ルシフェルでなんとか魔力の奔流を受け流そうとしたが、俺の身体が消し飛ばされるよりも先にサリエルの影とガブリエルの操る水が援護してくれた。


「お願いラグエル!」

『既に本気だ!』

「私たちも負けていられないぞウリエル!」

『あぁ! 俺とニーナの力を見せつけてやれ!』

「レミエル」

『無論』


 サリエルの影、ガブリエルの水、ラグエルの光、ウリエルの炎、レミエルの雷、七大天族たちの力を俺を守るようにして集まってくる。


「ラファエル……大切な人を守りたいの、力を貸して」

『好きに使ってくれて構わない……君は守りたいものを守れ!』


 全員が力を合わせてギリギリで抵抗している俺の身体を包むようにして、ラファエルの鎧が現れる。魔力の奔流によって焼け始めていた俺の身体をゆっくりと癒してくれる守護者の鎧ラファエル……エリナは、俺のことを守りたい人だと思ってくれているのだろうか。


「はぁぁぁぁぁぁぁっ!」

「エレミヤっ!?」

「テオドールにばかり格好いいことさせないさ!」


 審判者の剣ミカエルを手にエレミヤが魔力の奔流に向かって突っ込んでいく。明らかに無茶なことをしているのはわかっているはずなのに、エレミヤは一切減速することなくそのまま突っ込んでいき……ミカエルがそれを助けた。


「無茶をしないでくれエレミヤ! 君が死んだら私にまで被害が来るんだからな!」

「そ、それはごめん……なんか納得いかないけど」

「エレミヤ、ちょっと下がれ!」


 俺の直線状にエレミヤがいること、それ自体が邪魔なのだ。

 エレミヤが目の前からどいたことを確認してから、俺は偽典ヤルダバオトに限界まで溜まっている魔力を思い切り放出する。今まで感じたこともないような大量の魔力を放出すると、クラディウスが放った攻撃を少し押し返すことに成功した……気がする!


「ちぃ! 虫けら共が!」

「私に喧嘩を売っておいて背中を向けるとはいい度胸だな!」

「がぁっ!? ルシ、ファー! 貴様ぁっ!?」


 少しずつ、こちらが有利になっていることに気が付いたクラディウスが妨害しようと動いた瞬間に、ルシファーが背後から再びその胸を貫いたようだ。


「いけ! テオドール!」

「わかってるさ!」


 この状況でまだ余力を残しているのは俺だけだってことは理解している! だからみんなが潰れる前に俺が何とかしなくちゃいけないんだろ!

 全能の光ルシフェルの出力を全開にする。空を歩き、光を発して攻撃することができるグリモアだが……その能力は、周囲の魔力を自在に操ること。魔力さえ扱うことができるのならば、名前の通り万能の力を発揮するグリモア……ただし、魔力を自由自在に感知して操ることなんて人間には到底不可能なものだ。なにせ、空中に漂っているのは魔素だし、人間が発する魔力なんて大雑把にしか感知することはできない。だが……今の俺の目の前にあるのは感知するまでもなく触れることができるほどの魔力の奔流。扱って見せようじゃないか! ルシファーの真の力!


「まが、れぇぇぇぇぇぇぇっ!」


 俺の背後に展開されていた翼が全て消え、俺の右腕に布のように巻きついてきた。同時に、確かに魔力を手に掴んだのだ。その感覚に従うまま魔力の奔流を押し返した瞬間、地上を滅ぼす為に降り注いできた破滅の光は、そのまま天に向かって帰っていった。その先にあるのは──魔龍の顔。


「馬鹿なっ!?」

「テオドールをなめているからそうなる……あの男は、私が認めた唯一の人間だぞ? まぁ、あんまり純粋な人間ではないがな」


 紫色の魔力の奔流は、そのまま魔龍の顔面を飲み込んだ。

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