第167話 ルシファーと終末

「参ったな……こりゃあキツイ」


 地面に横たわったまま空を眺めて、思わず呟いてしまった。右足が変な方向に折れ曲がってしまっているが、これくらいは痛みを我慢すれば治すのに苦労はしないのだが……どうもクラディウスのことを少し舐めていた。

 七大天族の力を持った7人の仲間と共に意気揚々とクラディウスに向かっていったのだが、あのクソドラゴンは敵が七大天族であることを認識した瞬間に四足歩行のドラゴン形態から、一瞬でシンバ王朝遺跡の壁画に描かれていた通りの超巨大な龍に姿を変えた。最初のドラゴン状態の時もクソ大きかったのに……龍の姿に変わったらこの島ぐらいの大きさの顔に変わったのだ。身体が島の大きさじゃなくて、顔が島の大きさなのだ……周囲の海には奴の身体が何重も巻かれながら島を包囲している。


「大丈夫かい!?」

「あー……別に大丈夫だけど、あんなクソみたいな化け物をどうしようかと思ってな」


 俺のことを心配して降りてきた翼を生やしたエレミヤだが、どうやら彼は攻撃を受けずに今の所戦っているらしい。俺はよくわからない高速魔法弾を1発受けただけでこの様だけどな。

 四足歩行の時は全員で攻撃すればある程度のダメージは与えられていたのだが、あの龍の状態になると魔力に耐性ができるのか、はたまた単純に大きいから効いていないのかわからないが俺たちの攻撃が大して効かなくなってしまった。


「さて、ミカエル……ここからどうする?」

「そうだね、このままだとちょっと危ないかな」

「だろうな……テオドール、さっさと起き上がれ」

「人使いが荒いな、全く」


 右足がぐちゃぐちゃになっていた人間に言うことか、それが。

 立ち上がって空を見上げると、巨大な口から幾つも小さな紫色の光線が空を舞っているのが見える。空を飛んでいる白色と黄色の光を追いかけているみたいだけど……あれは恐らくエノとリエスターさんだな。


「敵は強大だし、そもそも死ぬ存在なのかどうかもわからない。それでも戦うかい?」

「もう戦ってるだろ」

「確かにね」


 ここまで来て、今更退く訳がないだろ。確かに怪我は負ったが肉体の治癒ぐらいなら魔法でなんとかなる……あそこまで強大だとどうしようもないかもしれないが、それでも抵抗しない理由にはならない。


「まず、ルシファーの言っていた本体が存在することを確定させて話を進めるぞ」

「何故?」

「そうしないと勝てる気がしないからだ」

「なるほど……確かに、希望はあった方がいいからね。私もそちらに賛成するよ」


 ミカエルからしても、恐らくクラディウスの今の力は未知数。このまま戦っても勝てるかどうかわからない……いや、人間に頼っている時点で勝てないとは思っているだろう。だからこそ、希望が必要だと言ったんだろうが……必要なのは希望ではなく、覚悟だ。たとえ勝ち目がなかったとしても抵抗し続ける覚悟があればなんでもいい。だって、仲間は戦っているんだから。


「さて、行くぞ!」


 全能の光ルシフェルの力を使って空を駆ける。俺の背後からエレミヤ、ルシファー、ミカエルが共に上空のクラディウスの頭を目指して駆け上っていくが、その横を巨大な水の龍が通り過ぎていく。


「ヒラルダ!」

「……露払いはするわ」


 どういう原理なのか知らないが、ヒラルダは海の槍ガブリエルで操っている水の上に立ちながらそのまま移動している。こちらの接近に気が付いたクラディウスが幾つもの魔力弾を放ってきたが、ヒラルダが操る水が弾丸として飛んでいき、全て叩き落していく。


「隙ありっ!」


 空中で激しい弾幕合戦が起きているのに、その間をすり抜けてエノが急上昇してクラディウスの顎に向かって突っ込んでいった。あの速度で空中を動かれると、クラディウスの反応しきれないんだろうが……大して効いていないから無視しているだけかもしれないな。


『ルシファー! ルシファーだな!』

「おっと……私のことを個人として認識しているとは思わなかったな」


 エノに顎を蹴られても特に気にしていなかったのに、ルシファーが近づいただけで左右8つの目が同時にこちらを捉えた。前々から、ルシファーとクラディウスは面識がありそうな感じで喋っていたが……まさか本当に認識されているとは。


『貴様につけらた傷は未だに消えぬ! 嬲り殺しにしてやるぞ、ルシファー!』


 キラリと、クラディウスの口の中で何かが光ったと思ったら、次の瞬間には俺の目の前に大きな竜の翼を広げた異形の生物が浮いていた。

 手が2つ、足が2つの人型をしているが、牙は鋭く尖って口の外に突き出し、瞳はクラディウスと同じく8つ存在している。なにより全身が黒い鱗で覆われているので、ぱっと見では人型であることを認識できなかったぐらいだ。


「どけぇっ!」

「ちぃっ!?」


 こいつがクラディウスであることは瞬間的に理解できた。どうやら俺の背後にいるルシファーを攻撃しようとして、その直線上にいる俺を先ずは攻撃するつもりらしいが……もし、この小さいのがルシファーの言っていたクラディウスの本体だとしたら。

 偽典ヤルダバオトを構えながら全能の光ルシフェルから光の矢を複数放つが、鬱陶しいと言わんばかりに片手で全て払いのけられた。だが、その腕を振った隙に背後まで近づいていたヒラルダが水の槍を、エノが光を手にしながら攻撃するが……鱗に当たった瞬間に甲高い音と共に2人が弾き飛ばされた。


「邪魔だ蛆虫共が!」

偽典ヤルダバオト!」


 一気に距離を詰めて魔力を込めた刃をクラディウスの胸に突き立てるが……貫通することなく肌を少し傷つけただけ。


「消えろっ!」

「っ!? 原典デミウルゴス!」


 咄嗟に原典デミウルゴスの形を変えて盾にしてから前に展開し、全能の光ルシフェルの翼で身体を覆う。直後、クラディウスの口から放たれた魔力の塊によって俺は一気に吹き飛ばされた。魔力を完全に弾く効果を付与している原典デミウルゴスで防いでも弾ききれないほどの出力……無茶苦茶だ。


「はぁっ!」

「効かん!」

「エレミヤっ!」

「邪魔を、するなぁ!」


 俺が吹き飛ばされてからエレミヤが距離を詰めながら審判者の剣ミカエルで斬りかかり、それに続くようにミカエルも光る剣を片手にクラディウスに襲い掛かったが……傷をつけることなく一蹴されていた。


「ルシファーァッ!」

「しつこい奴だな!」


 空中で近接戦闘になったルシファーとクラディウスだが、その差は圧倒的だった。ルシファーが放った攻撃は防御することもなく身体で受け止めるクラディウスに対して、ルシファーはクラディウスの攻撃を防いだ右腕が消し飛んだ。


「ぎぇぇぇぇぇぇぇっ!」

「くっ!? 調子に乗るなっ!」

「ぐぎぃっ!?」


 魔力を集中させることで即座に右腕を再生させたルシファーは、そのまま光の魔力を放出しながらクラディウスの胸に貫手を放ち……貫通させた。

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