第165話 決戦の島

 東の孤島……天族たちからは何度もその存在について聞いていたけど、存在を確認したのは初めてだ。船を動かしていた船員たちもそれは同じだったようで、霧の中浮かび上がってきた島を見て、誰もが息を呑んでいた。


「これが……東の島、か」

「僕たちが人類で初めてこの島に降り立つって訳じゃないけど……少なくとも数千年間誰も近寄れなかった場所、だからね」


 ここに、俺たちが倒すべき敵がいる。


「まずは船をつけられる場所を探そう……無いなら砂浜にでも突っ込めばいいけど」

「言ってることが海賊と変わらないよ、テオドール」


 仕方ないだろ、数千年も前に人間が住んでいただけの場所なんてまともに港が整備されている訳がないんだからそれしか手段がなかったら、そうするしかないんだよ。



 しばらくの間、島の海岸に沿うようにして船は動いていたが……少しすると異常な寒気を感じて俺は船内から甲板に飛び出した。


「……なんだ、今の」

『この気配は間違いない……クラウディウスだ』


 この……全身を包み込むような嫌悪感が、クラディウスの気配? とんでもなく不快な気配だが……マジでこれがクラディウスの気配なのか? というか、これが本当にクラディウスの気配なんだとしたら、俺たちは既に発見されたってことか?


「やばいじゃん」

『落ち着け。まだクラディウスは動き出していない……と言うか、恐らくまだ完全に活動を再開させている訳ではないから、力が十全ではないのだろう。奴が十全の力を扱えるのならば、こちらを認識した時点で殺しに来ている』


 クラディウスはまだ完全な状態じゃない? なら、余計に今のうちに殺しに行かないと駄目じゃないか。


「テオドール?」

「どうかしたんですか? いきなり飛び出して行って……さっきは海岸を眺めるのに飽きたからって船室に帰っていったじゃないですか」


 エレミヤとエリクシラが俺の方に近づいてくるが……どうやら2人は先ほどの悪寒を感じ取っていなかったらしい。もしかして、ルシファーだから気が付けたのか? そうだとしたらルシファーと奴には何かしらの因縁が……いや、考えすぎか?

 まぁ、他に誰も感じ取っていないのならばあんまり大事にする必要はない。必要な情報として、クラディウスがこちらを認識していること、そしてまだ完全に覚醒している訳ではないから力が万全はないことを教えればいいのだから。


「おーよしよし……思ったよりかわいいわね」

「……ところで、彼女は何をやっているんですか?」

「エリクシラ、気にするな」


 フォルネウスの指を飲み込んだヴァネッサは、海に向かって身を乗り出しながらペットを撫でて癒されているOLみたいな声をだしているが……あれは海から顔を出している海獣の頭を撫でているのだ。

 無理矢理フォルネウスの指を飲み込まされた彼女は、海獣に対して命令ができるようになった……訳ではなく、お願いができるようになったらしい。海獣を生み出すことができる訳でもないし、海獣が断りたい行動を強制するようなことはできない。なので、今のようにただ適当に愛でることぐらいにしか使えない。まぁ……もし、海獣たちがヴァネッサの願いを聞き届けて戦ってくれるぐらいの信頼が築ければ、また別なのだろうが。


「ん? エレミヤ様! あそこの砂浜なら船を上げられそうです!」

「……やっぱり砂浜に出るしかないか」

「元々は港町に使われてそうだった場所もあったが……なにかに抉り取られていたしな」


 島の周りをまわっている最中に、人間がかつて使っていそうだった港らしき面影を感じる場所はあったのだが、中心部分からなにかに抉り取られるようにして消し飛んでいたので断念していたのだ。

 島の西側には切り立った岩壁があったが、島の周囲を半周してようやく砂浜を見つけたって感じだ。


「さて、そろそろ降りれる訳だけど……覚悟はいいか?」

「勿論」

「ここまで来て怖気づいたりしませんよ……何があっても生き残りますから」


 そうやって生き残るって力むのが駄目だって話なんだけどな……まぁ、心意気はいいけどさ。


「じゃあ、サクッとクラディウスを倒して人類を救ってから国に帰って、そうしたら派手に祝勝会でもしましょうか……エレミヤの金で」

「え? いいけど……それなら祝勝会の準備もしておきたかったな」

「いや、そこは「なんで僕が金出すの」って言えよ」

「仲間との祝勝会での金くらいは出すよ」

「……割り勘な!」


 これだから公爵のお坊ちゃまは。そういうのは全員で出し合ってやるから楽しいのであって、誰かに頼りきりで金出してもらったら全力で楽しめないだろうが。



「お気をつけて」

「この船を守ってね、お願い」


 必要な荷物を手に持って島に降り立つと同時に、船長さんたちは島から船を離していく。これは事前に天族たちから聞いていたクラディウスの力から考えて、島の近くに船を置いておくと一瞬で消し飛びそうだと思ったからだ。

 離れていく船を囲むように、ヴァネッサのお願いを聞き入れた海獣たちが現れる。どうやらずっと愛でていただけのことはあり、船を守るぐらいのことは後で餌をくれることを条件にやってくれるらしい。そこで餌を要求するところあたり、結構図太い連中だよな……本当に魔族の力で生まれた生物なのか疑問が湧いてくるわ。


『クラウディウスは確かに強大だけど、決して勝てない相手と言う訳ではない。私たちは何度かあの怪物を討伐しているし、今はその天族の力を使うことができる君たちがいる。油断はできないけど、必要以上に気負うことはないよ』

『ミカエル、お前の説明は複雑すぎる。ただ敵を殺す、それだけでいいんだ』

「ルシファー、ちょっと黙っててくれ」


 お前はなんでそんな空気の読めない奴なんだ……みんなも呆れてるぞ。


「よし、じゃあまずは……この島のどこかに眠っているクラディウスの発見するところからだな」


 島の大きさは大したことがないので、ルシファーの言っていた通り肉体を自由自在に変えることができるらしい。そうでなければ、空を覆うほどの巨体がこんな島に隠れることなんてできないんだから。

 しかし……本当に巨体以外に本体が存在しているとしたら、それを倒すことが俺たちの目標になる。最終的には……この島ごと消し飛ばすことも想定しておくかな。これだけの天族の力が集まっていれば、島1つを消し飛ばすことなんて簡単にできるだろ。

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