第164話 海獣

 大海原を前にして、船員たちの緊張感が一気に上がったように見える。航海についてはマジのド素人なのでボケーっと眺めているだけなのだが……なにかしらのことが起きそうだってのは理解できた。


「エレミヤ様、本当に行っていいんですね?」

「もうそんなところまで来たのか……大丈夫。僕の親友を信じて」


 誰が親友だ。


「わかりました……エレミヤ様が信じた親友を信じます!」


 だから誰が親友だ、せめて戦友にしてくれ。


「……エレミヤさんってテオドールさんのこと好きすぎじゃないですか?」

「まぁ……俺もそこまでエレミヤに対して詳しい訳じゃないが、公爵家の人間にとってあれだけ遠慮なく喋ってくれる相手で、しかも実力を近しい相手なんていないからそうなるんじゃないか?」

「好きすぎるとか言うのやめてもらっていい? 俺に対する風評被害がデカいんだけど」


 ちょっと前は小児性愛者扱いされてたのに、今度はエレミヤとの熱愛疑惑ですか? フェイクニュースでもここまで酷くねぇぞ。


「仲がいいのはいいことじゃないか」

「リエスターさん、今はそういう状況じゃないからちょっと黙っててください」


 リエスターさんは基本的に俺の味方になってくれるけど、発言が結構頓珍漢だったりするからありがたい味方かというとそうでもなかったりするのが駄目。魔法騎士としての実力は本物なんだが……あまりにも変人すぎる。レミエルの力を持っているだけのことはあるなって本当に思う。

 俺たちのくだらない話なんて全く関係なく、船長さんたちは船を進める。全くなにもわからないが、恐らくはそろそろ海獣が生息している海域にまで入ってきているのだろう。一応、フォルネウスの指をなんとかできそうだってヴァネッサが言っていたから信じているが、いざという時に迎撃できるようにしておかないと。


「むっ!? もう来たぞ!」

「え?」

「なにが?」


 船の上から海を観察していた船員の1人が叫んだ瞬間、海を割ってウツボのような巨大な魔獣が姿を現した。


「でけぇっ!?」

「これが、海獣!?」


 王都近海にだって魔獣ぐらい生息しているが、どれだけでかくても鯨ぐらいのサイズしかないのに、海から飛び出してきたウツボは明らかにその鯨並みの魔獣を飲み込めそうな大きさをしている。


「ヴァネッサ!」

「な、なんとかやってみるわよ!」

「よし、その間は船を沈められないようにするぞ!」


 フォルネウスの指を扱うのは今回が初めてなので時間がかかるだろうなとは予想していた。だから今からこの海獣によって船を沈められないようにするが重要だな。


神秘の書ラジエル


 エリクシラが真っ先にグリモアを発動して、神秘の書ラジエルをめくる。その間にも巨大ウツボは大きく口を開いてこちらに向かって来ている。俺がウルスラグナを抜くよりも早く、雷を纏ったリエスターさんが空中を駆け抜けていった。


「貫け、慈悲の雷霆レミエル!」


 口を大きく開いたウツボに向かってそのまま飛んでいき、喉を貫通してからウツボの肉体を蹴って船の上に戻ってきたリエスターさんは、不敵な笑みを浮かべていた。


「これで、どうかな?」

『警告、海獣、不滅。消去、推奨』

「ん?」


 喉を貫かれて海の中に沈んでいったウツボを見て、なんとかなったと思ったが、レミエルが警告を伝えてくれた。内容的に……海獣は死んでも復活するから倒すなら消し飛ばすまでやれってことか? そういえば……誰かが海獣は倒しても次々と生み出されるとか言ってたような。

 レミエルの警告を裏付けるように、海の中から再びウツボが大きな口を開けて飛び出してきた。さっきリエスターさんによって開けられた喉の穴はいつの間にか塞がっている。


「何度でも殺してやる、慈悲の雷霆レミエル!」

「私も負けてられないよ、玲瓏なる羽衣ラグエル

『何故我が……まぁいい』


 ぶつくさ言いながらも、ラグエルはエノに力を貸しているらしい。ラグエルはルシファーのことが滅茶苦茶嫌いだから渋々仲間になっているだけであって、実際にルシファーがいなければクラディウス討伐でもなんでも力を貸してくれるらしい。やっぱりここまで嫌われることができるの、ある意味すごいよルシファー。

 慈悲の雷霆レミエル玲瓏なる羽衣ラグエルで加速した2人によって、ウツボは一瞬で胴体をバラバラにされてしまった。しかし、反対側からエイのような見た目をしている海獣が水面からこちらに向かって飛んできた。


「どいつもこいつも好戦的だな、威風の劫火ウリエル!」

『うむ。フォルネウスとの戦闘経験はないが、なんとかしよう!』

秘匿の月光オファニエル……船を守るには誤認させるのが手っ取り早いか」


 炎を纏ったニーナが船上からエイに向かって思い切り拳を突き出すと、熱風と共にエイの身体が発火した。どんな温度の風を送り出せばそんなことが起きるのか……いや、そもそも発火は多分魔力によるものだからあんまり関係ないか?

 続々海獣がやってくる中、アッシュがオファニエルの力を使って船を包んでいく。恐らく効果は海獣たちがこの船を認識できないようにすることだろう。


「これで船は大丈夫です」


 霧に包まれた船の上から、更にエリクシラが本に刻んでいた魔法を発動させて結界を張った。これでしばらくは海獣たちの攻撃から船が持つはず。


「ヴァネッサ」

「も、もう少し待って……この!」


 指を持ったまま悪戦苦闘しているヴァネッサは、傍から見ると全くなにも変わっていないように見えるんだが……ミカエルの言っていたことが本当ならば、きっとフォルネウスが残した意志と喋っているんだろう。


「はぁっ!? た、食べろって言うの!? 嫌よ!」

「あ、食べるんだそれ」

「絶対に嫌だ!」


 唐突にヴァネッサがキレながら指を放り投げたのだが、指は勝手に動いてヴァネッサの口に入ろうとしていた。

 必死に抵抗しているヴァネッサを見つめていると……横からアイビーとエリナが近づき、アイビーがヴァネッサの身体を抑えて、エリナが指を握って口に突っ込んだ。


「んごっ!?」

「ごめんなさい。でも海に沈むのは嫌なので」

「テオドール先輩がやれって言いました」

「エリナ? 俺、言ってないよ?」


 しれっと俺に罪を擦り付けただろ、今。


「んがぁっ!」

「な、なんだっ!?」

「ちょ、立ってられない!?」


 指を飲み込んだヴァネッサが魔力を解放すると、海が大きく荒れて船が傾く。魔法に集中していたエリクシラはその場で倒れこみ、ヴァネッサが放った巨大な魔力がオファニエルの秘匿を打ち破った。


「馬鹿ども……私の前にひれ伏しなさい!」


 謎のテンションになったヴァネッサが今にも襲い掛かってきそうだった海獣に命令すると、ぴたりと止まって海の中に帰っていった。


「……成功したの、かな?」

「さぁ?」


 エレミヤは俺に聞いてくるが……俺にもわからん!

 ただ、海獣はいなくなったのでこれでなんとか東の海を越えることができるだろう。そうなると後は、クラディウスだけだ。

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