第160話 馬鹿だから

 気が緩んでいたせいなのか、つい勢いだけでエリクシラに自分が異世界から来た人間であることを喋ってしまった。忘れてくれないかなーってお願いしたらマジでキレた顔をしてるし……なんて言えばいいんだろうか。


「貴方の魂が、異世界から来ている……本当に異世界なんてものがあるんですか? いえ、貴方は前々から世界の外側とかそういう部分に色々と納得するのが早いとは思っていましたけど、まさか……自分がそうだから納得するのが早かったんですか? 早く答えてください」

「まずは落ち着いて、な?」

「落ち着ける訳がないですよ。だとすると貴方とルシファーが言っていた世界の外側とか、本当に存在するんですか? 天族はみんなそれを知っているんですか?」


 うーん……平行世界、異世界、多元宇宙論、色々と考えられるものはあるけど、そこまで深刻に考えていないのは俺が実際に別の世界から来た人間だからなのか、そもそもこの世界とは文明レベルが違う世界からやってきたからなのか。取り敢えず、俺は自分が別の世界からやってきた魂であることをそこまで気にしていないんだけど、エリクシラはそこをかなり重要に考えているらしい。まぁ、いきなり「この世界とは別の世界があって、俺はそこから来たんだ」なんて言われて簡単に飲み込める人間の方が少ないかもしれないけど。

 重大な話でもないからポロっとこぼしてしまったが、これはどうやって誤魔化すべきか……いや、下手に誤魔化そうとするとエリクシラが本気でキレるだろうからな。


「答えろって言われても、実際には俺は何も知らないんだよ」

「は?」

「本当だって。そもそも、別の世界で生きていたーって感覚があって、その世界の常識……みたいなのが頭にこびりついているだけで、実際にどんな名前で生活していたとか、そもそも性別が男だったか女だったのかもわからないんだから」

「……それは、ただの脳の病気じゃないですか?」

「そう言われた方が納得できるかもな」


 でも、実際にルシファーは俺の魂がこの世界の物とは別の物であるみたいなことを言っていたし、これだけの常識的な情報が病気だけで詰め込まれたって方がヤバいと思うんだが。


「天族が知っているのかどうかって話だけど……恐らく、ルシファーとミカエルだけじゃないかな。他の天族からそういう雰囲気の話は聞いたことがないけど、ルシファーとミカエルだけは人の魂を見るだけで大まかな特性が理解できるみたいだし」

「……貴方が本当に異世界から来た人間だとして、その異世界は本当に存在すると思いますか?」

「俺の妄想ってこと? まぁ、ありえるんじゃない?」


 知識が身についているだけでその世界で生きてきた記憶はない訳だし、本当に俺がその世界で生きていた人間なのかは誰にも証明できないと思う。頭の中にある知識が何かしらの障害によって生まれた妄想だって言われても、否定も肯定もできないな。だって頭の情報は俺にしかわからないんだから。


「パラレルワールド、マルチバース……どっちもでいいけど、俺はこの世界に生きているテオドール・アンセムだからな。それ以上でもそれ以下でもないよ」

「ぱら……まるち?」

「な?」


 細かい話なんて気にすることではないんだよ。今まで考えないようにしてきたけど、この世界の天族は天使、魔族は悪魔の名前を持っている訳だしな。


「……わかりました。貴方がそれでいいと言うのならそんなに聞きませんけど、クラディウスを殺して世界が平和にでもなったら、貴方の持っている知識を全て本にします。いいですね?」

「えー……俺が持っている知識なんて大したことないぞ? 別に専門的な知識がある訳でもないから」

「それでも、です。異世界からやってきた生き証人ですよ? 逃がす訳ないじゃないですか」


 うーん、強引。

 まぁ、エリクシラらしいと言えばらしい……のかな?


「話が終わったらなさっさと寝ろ。明日には出発するんだから」

「それは貴方にも言えることなんですけどね」

「俺は船の中でも眠れるからいいの」


 船酔いしないし。


「…………死にませんよね?」

「は?」


 急にどうした。


「テオドールさんは緊張感がないからわからないかもしれませんけど、これから戦いを挑む相手は人知を超えた力を持っている天族ですらも滅ぼすことができない怪物ですよ? そんなのを相手にして絶対に生きて帰ってこれるなんて、本当に思ってるんですか?」


 緊張感がない……そんなにないかな?


「もし生き残れたとしても、五体満足で生き残ることなんてできないかもしれません。仲間だって誰が死ぬかわかりませんし、天族たちだって絶対の力を持っている万能の存在じゃないんですよ? そんな相手に、どうして貴方は挑もうと思えるんですか?」


 うーん……エリクシラがそんな深刻に考えているとは思わなかったな。俺だって確かに死ぬのは嫌だけど、別に人知を超えた相手に対して挑むのは無謀なんて思ってもない。それは、俺が魔法の存在しない世界からやってきた魂を持っているからなのかはわからないけど……少なくとも、言えることはある。


「挑む前に諦めたらどうにもならないだろ」

「え」

「確かに死ぬかもしれないけど、そんなのはやってみないとわからないだろ? もしかしたらすごい弱ってるかもしれないし、みんなの力を合わせれば勝てるぐらいの力かもしれない。もしかしたらエリクシラがとんでもない力に目覚めて一撃で倒しちゃうかもしれないし……クラディウスと話し合って解決できるかもしれない」


 本当に未来がどうなるのかなんて、誰にだってわかりやしない。予知の力を持っていたらしいヴァネッサの先祖であるアスタロトだって、絶対に世界がこうなるなんて予言は残していないんだから。


「俺は無駄に前向きなんだよ。後ろ向きに考えたって仕方がないって……そう考えることで前を向いてる。だって、過去のことなんてどれだけ悔いたって変わりはしないんだから」


 過去を振り返ることが悪いことだとは思わないけど、いつまでも過去に縋りつくのは悪いことだと思う。同様に、やってもいないことに対して無理だとかなんて、考えるだけ無駄なことだ。


「ま、ちょっとカッコつけたけど……簡単に言えばこっから頑張ればいいってことだよ」

「……馬鹿なんですか?」

「まぁ、否定はできないな」


 言ってることもやっていることも馬鹿だって自覚はある。でも、俺はその程度で立ち止まりたくないから。

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