第157話 最後の鍵

「テオドールっ!」

「んぁっ!? なにっ!? なんだ!?」


 エノとエリナのグリモアを覚醒させてから、基本的にやることがなくなったので古書館の屋根の上で寝転がっていたらいきなり大きな声で起こされたせいでかなりびっくりした。勢いよく立ち上がってから周囲を見ると、明らかに怒った顔をしたヴァネッサが目の前にいた。


「なんだヴァネッサか……驚かすなよ」

「こっちはこれ取りに行っただけで死にかけたんだけど!? やっぱり危険な場所だったじゃない!」

「おー……でも、ルシファーつけるって言ったけど、ルシファーに断られたし」

「頭おかしいんじゃないの!?」


 えー……そんなこと言われても、俺はその遺跡とやらは知らないし。そもそもそんなに危険な場所だって知ってるなら1人で行くことを了承しなければよかったのでは?それでもちゃんと行って必要なものを取ってきてくれるところは好きだよ。そもそも、契約は解除してるんだからそのまま戻ってこないこともそれは想定してたんだけどな。


「はい」

「ん……なに、これ?」

「どうみても指でしょ」

「え」


 いや、人間はいきなり指のミイラとか渡されても困惑しかできないんだよ。魔族の中だともしかして一般的だったりするの?


「……なんか勘違いしてないかしら? 私だって魔族の秘宝が眠っているなんて言われてたのに、見つけたのが祭壇に飾られていた指なんてびっくりしたんだからね? 魔族だと一般的とか勘違いしてない?」

「うん、してた」

「はぁ!?」


 それにしても、指か……どうやって使うのだろうか? いや、バラキエルの言葉を信じるのならば、これをどうにかして使うことで海で暴れている海獣を鎮めることができるはずなんだが……笛とか宝玉とかならともかく指って。


「まぁ、なにはともあれ……これでクラディウスを殺すことができるはずだ。これまで付き合ってくれてありがとうな、ヴァネッサ」

「……なに、もう終わった感じだしてるのよ。ここまで付き合わされて最後までついていかないなんてありえないわよ!」

「あのなぁ……魔族は今までクラディウスが逃げることで生き残ってきたんだろ? ならこれからもそうするべきだ。クラディウスに挑むのは馬鹿な人間だけでいいんだよ」

「ざっけんじゃないわよ! 私は魔族としてじゃなくて、個人として貴方についていくって言ってるのよ!」


 お、おぉ……正直、クラディウスに挑むことを恐れている奴に強制するつもりはないんだけど、そこまで情熱的な告白をされると困るというか。


「魔族と人間って結婚できるの?」

「……? ……はぁっ!?」

「冗談だって」

「冗談!? 冗談で私の乙女心を弄んだの!?」


 人間的には乙女って年齢じゃないんだけどな……いや、口にしたら絶対に怒られるからやめておこう。




「はぁっ!」

「あはは! 遅い遅い!」


 干からびた指をヴァネッサから受け取った俺は、そのまま古書館の屋根から飛び降りて屋外訓練場に向かった。今日もみんなはグリモアを完璧に使いこなすことを夢見て地道な修行をしているだろうと思っていたんだが……屋外訓練場の周囲にはすごい人だかりができていた。

 人の間からちょっと様子を見てみると、エリッサ姫とアッシュ、エノとエリナが2対2でグリモアを全開にして戦っていた。


「す、すごいなんてもんじゃないぞ」

「え、エリッサ様ってあんな魔法使えったけ?」

「あの1年生の双子、やばくないか?」

「3年生より普通に強く見えるんだけど……」


 エリッサ姫の太陽の天球ガルガリエル、アッシュの秘匿の月光オファニエル、エノの玲瓏なる羽衣ラグエル、エリナの守護者の鎧ラファエル。4つグリモアがものすごい勢いでぶつかり合っている光景なんて、誰だって足を止めて見てしまうものだろう。ある程度以上の実力者であれば、あの4人が使っている力がグリモアであることは理解できるかもしれないが、あの凄まじさが理解できない人間からは理解できない魔法を使っているようにしか見えないのかも。

 エリッサ姫の天球が目にも止まらない速さでエノを追跡しているが、光を纏って緩急をつけながら高速移動を繰り返すエノを捉え切れていないようだ。一方、アッシュとエリナはただひたすらに肉体だけで戦っている。外郭出身だからなのか、双子は武器を持たずに己の肉体を魔力で強化して戦うのだが、アッシュもその動きを理解して受け流しながら戦っている。


「ちっ!?」

「ん」


 アッシュがエリナの攻撃を受け流してから容赦のない攻撃を実剣で叩き込んだのだが、光り輝くラファエルの鎧は防御することなくそのまま受け止めていた。あの防御力は……驚異的だと思う。


「やぁ、来たんだね」

「エレミヤか……凄い観客の数だな」

「そうだね。4人がグリモアを使って本格的な戦いをしたいって言うから2対2でやらせているんだけど、いつの間にか人だかりができていてね。まぁ、僕もあの4人の戦いには少し感心させられているよ」


 まぁ、あの4人はグリモアを覚醒してからそこまで時間が経っていないから、全力をぶつけ合うのが楽しいんだろうな。エリッサ姫とアッシュは自分がグリモアを持っていないことを悔しがっていたから、余計に楽しいだろうな。


秘匿の月光オファニエル!」

『そいや!』


 攻撃が通じないと判断したのか、アッシュが秘匿の月光オファニエルを一気に解放した。周囲に霧が発生し……アッシュの姿がブレる。


守護者の鎧ラファエル

『オファニエルの秘匿が相手か……実に面白い』


 アッシュの秘匿の月光オファニエルに対抗するように、エリナも守護者の鎧ラファエルを高めていき……一気に光り輝き始める。


『手始めに全範囲攻撃だ』

「わかってる」

「嘘だろ」

『ひぇ!? ラファエル様のあれは不味いぞ!?』


 守護者の鎧ラファエルから発せられる光は、ただの輝きかと思ったのだが……光が当たった地面は砂が蒸発するような音と共に小さな穴が空いているのが見えた。あの光線、普通に当たったら人体が蒸発するんじゃないか? アッシュよりもオファニエルの方がビビってるんだが……もしかして、ラファエルって普段からあんな攻撃ばかりしてるのか? そうだとしたら守護と癒しの天族名乗ってる癖に殺意も高すぎるだろ。これが七大天族の力なのだろうか……結構野蛮だな。


「なんとかするしかないんだから覚悟決めろオファニエル!」

『ぬぅ、仕方あるまい!』


 お、アッシュとオファニエルも覚悟を決めたらしい。ここからもっと面白くなるかもしれないな。

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