第155話 ラグエルとラファエル

「まず、2人の中に眠っている天族を目覚めさせるところからだな」

「……お願いします」

「テオ先輩、できるの?」

「任せろ……って言いたいところだが、正直できるか微妙だからな」

「えー?」


 えーって言うな。


「……なんか、あの双子に対してだけちょっと甘くないかしら?」

「そうですね。もしかしたら、彼の好みかもしれませんね」

「それって年下の?」

「おいそこ、俺について虚偽の情報を故意に流布しようとするな」


 エリッサ姫とアイビーが怪しいことを言っているのが聞こえてきたので即座に否定しておく。俺は胸が大きい女の方が好きだ!


「信頼できませんよね……なにせテオドールさんはエリッサ様の愛の告白を立場を理由で平然と無視する人ですから」

「なっ!? な、なんでアイビーが知ってるのよ!?」

「はい? それは……私ですから」

「理由になってない!?」


 後ろで騒いでいる2人は無視して、俺は意識を集中させてルシファーの魔力を模倣する。あれだけ天族の全員に嫌われているルシファーの魔力ならば、ガブリエルの時のように強制的に目覚めさせることができるはず!

 全能の光ルシフェルを発動しながら記憶の中にあるルシファーの魔力に近づけていき……それをエノとエリナに向ける。


「ん……特になにも?」

「……」

「お姉ちゃん?」

「あ、この感じ──」


 銀髪のエリナは特になにも感じないらしく首を傾げていたが、横のエノは目から光が消えてぼーっとしていた。エリナが少し心配そうにエノの顔を覗き込もうとしたが、俺はエリナの腰を抱いて自分の傍に引き寄せながら、予想通り飛んできたエノの拳を片手で受け止める。


『……ルシファー、お前を排除する』

「お姉ちゃん!?」

「下がってろエリナ」


 その金髪と同じような金色の魔力を全身から放出するエノは、明らかに魂に刻み込まれた天族に身体を乗っ取られている。そして、狙いは間違いなく俺の中にいるルシファーだ。


『ラグエルか』

「ルシファー……機嫌は直ったのか?」

『なんのことだ?』


 なかったことにしやがった。

 ルシファーとくだらないことを言っていると、エノが高速で俺の前まで迫っていた。反射的に拳を防ぎながらカウンターで掌底を腹に叩き込もうとしたら、肌が焼けるような熱を感じて即座に手を引っ込めた。


「あっつ……なんだこれ」

『ラグエルは同じ天族ですらも恐れるほどの光を操る天族。そして……天族内での役割は、ミカエルが裁いた者のだ』

「マジ?」


 光の粒子だけ残して、エノが目の前から消えた。リエスターさんの慈悲の雷霆レミエルだってギリギリ目で追えるぐらいの速度なのに、エノが持っているラグエルの力はその速度を超えてくるのか。


『上だ!』

「ちっ!?」


 周囲を見渡そうと視線を動かす前に、ルシファーの警告を信じて背後に飛びながら上を見ると、光を纏ったエノが高速で地上に激突したのが見えた。


『レミエルと違ってラグエルの高速移動は直線的な動きしかできない。そこら辺を考えて対処しろ……左だ馬鹿!』

「いっぺんに全部言うな!」


 クソ……と言うか、なんでルシファーはラグエルの動きが見えてるんだ。


『私だってラグエルの動きを完全に見切ることは不可能だ。ただし、それはラグエルが完全に本気だった場合だけ。今の不完全な肉体に宿っているラグエルの動きなんて単純そのものなのだから、なんとか対応しろ』

「対応しろって言われてもなっ!」


 流石に真正面から飛来してくれてばその光のおかげで見失うことはないが……やばいな。徐々に速くなっている気がする。


『気のせいじゃない。少しずつあの身体にラグエルが適応しつつあるんだ』

「完全に適応されたら俺、勝てなくないか?」

『お前が黒の魂を使えば勝てないこともないだろうが……このままでは負けるな』


 勘弁してくれよ。


「やめてお姉ちゃん!」

「馬鹿っ!?」


 下がっていろと言ったはずのエリナが俺の前にやってきて、大きく手を広げた。視界の端でアイビーとエリッサ姫がグリモアを発動したのが見えたが、このままでは間に合わない。エリナが傷つくぐらいなら、黒の魂……原典デミウルゴスを発動させようと思ったが、それよりも先にエリナの全身を銀の鎧が覆っていた。


『……何故、邪魔をする』

『無垢な少女の願いを無碍にはできない、だろう?』


 ラグエルの攻撃を受け止めたのは……恐らく、エリナの魂に刻まれていたラファエルだ。俺を守るためではなく、エリナの想いに応えて力を解放したらしい。ということは……最初から目覚めてやがったな。


『七大天族の中でもミカエル、ウリエル、ガブリエル、ラファエルの力はサリエル、レミエル、ラグエルよりも上だ。これならラファエルを味方につけるだけで全部終わるぞ』

『ルシファー、君の味方をするつもりはない。ただ……この少女が「お姉ちゃんにテオドール先輩を傷つけて欲しくない」と言われてしまってな。だから君を守る』

「俺としては助かるんですけどね」

『ふっ……自分で解決できたって顔をしているぞ、テオドール少年』


 中性的なハスキーボイスのラファエルの妨害を受けて、ラグエルは完全に動きを止めていた。


『ラグエル……ルシファーを嫌う気持ちはわかる。彼女はこれまでとんでもなく好き勝手ばかりやってきたし、天族に伝わる秘宝を遊び半分で使用したりもした』


 おい、なにしてんだよ。


『それでも、ミカエルは彼女を幽閉することまでしか決めていないはずだ。ミカエルが死刑だと定めていたないのならば、君は殺してはいけない』

『……いつも通りの博愛主義か、ラファエル』

『私は博愛主義になったつもりはないが……君が厳しすぎるだけだ。ラグエル』


 一応は、止まってくれたのか?


「大丈夫ですか、テオドールさん」

「いきなり天族を目覚めさせるからそうなるのよ。人間とは感覚がなにもかも違うんだから、無暗に起こすべきじゃないわ」

『え、俺はお嬢ちゃんからそう思われてたってこと?』

『事実だろう。しかし、僕としてもラグエルの行為は行き過ぎだと思う』

『サリエルまでも、か』


 サリエルとガルガリエルが味方に来てくれたことで、ラグエルは戦意を喪失したらしく迸るような魔力を消して引っ込んでいった。エノが目を覚ますと、俺とエリナに向けて困惑の表情を浮かべた。


「テオ先輩、今のがグリモアですか?」

「まぁ……うん」

『さて、テオドール少年、詳しい話はまた今度にしよう。いきなり私たちの力を使った双子の疲労は計り知れないだろうからな』


 詳しく事情を説明しようと口を開く前に、ラファエルによって遮られてしまった。

 鎧が消滅したエリナも困惑した表情で俺を見上げる。


「やっぱり、テオドールって」

「かもしれないですね」


 なんとなくそのまま双子の頭を撫でてやると、再びエリッサ姫とアイビーから疑惑の目を向けられてしまった。

 俺は無実だ。

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