第154話 最後の猶予

 状況を整理したいと思う。

 まず、七大天族の力を持つグリモアを保持する者は全員集まった。

 エレミヤの審判者の剣ミカエル、ヒラルダの海の槍ガブリエル、ニーナの威風の劫火ウリエル、アイビーの死の翼サリエル、リエスターさんの慈悲の雷霆レミエルに加えて、エノとエリナの持つラグエルとラファエル。

 ミカエルの言葉が正しければ、これで戦力的には問題ない状態なんだと思う。実際、クラディウスがどれだけの力を持っているのかなんて俺は知らないから、どれだけ戦力があれば充分なラインなのかなんてわからないのだが、実際にクラディウスと戦ったことがあるミカエルが大丈夫だと言っているので、信じようと思う。


「どうもエノです」

「エリナです」

「……え? これ1つ下なの? 5つぐらい下じゃなくて?」

「失礼だぞ、エリッサ姫」


 すっかり俺たちの拠点になってしまった古書館2階で、エノとエリナが全員に向かって頭を下げていた。エリッサ姫は低い身長となんとなく漂う年下感から俺に疑いの目を向けてきたが、正真正銘俺たちの後輩なんだから失礼なことは言わないでくれ。


「確かに、今年の1年には手が付けられない金髪と銀髪の問題児双子がいるって聞いてたけど、この子たちがそうなんだね」

「……お前たち、外郭出身か」


 エレミヤとアイビーは事前に情報を知っていたようで、特に驚いた様子も見せずに受け入れ……ニーナは何かを感じ取ったらしく、すぐに自分と同じスラム街出身であることを理解したらしい。エノとエリナの双子も、その質問で目の前の女性がスラム街出身であることを理解したようで、少し困惑気味な表情のまま頷いた。


「あなたが連れてきたってことは、この子たちが最後の2人ってことでいいのよね?」

「アッシュに聞け」

「俺に聞くな。オファニエルに聞け」


 いや、お前のグリモアだろ。


「なんにせよ、これで戦力は揃ったわけだから……次からは本格的にクラディウスの対策に移る訳だけど……」

「いや、そもそもラグエルとラファエルはまだ開放できていないんだ? それの方が先じゃないか?」

「……そもそも、終末の竜は向こうからやってくるんですか? 向こうからやってきた場合は、王国は消し飛ばされるのでは?」

「だから、その辺を全部話し合おうぜって感じなんだよ」


 俺たちの中でも情報を持っている奴と持っていない奴に分かれているから、そこら辺の状況を今一度整理して全員で同じ方向を見ようって話なんだ。

 とりあえず、全員が俺の意見に賛成してくれたみたいなので色々とメモしていた紙を取り出す。今日話すべき議題とか色々と用意してきたんだよ。


「じゃあ、まずは天族と魔族、それとクラディウスの話についておさらいしていくぞ?」


 エノとエリナにはまだ詳しくは話してなかったからな。


「天族と魔族の説明は……あんまりいらないか? まぁ、遥か昔に地上を支配していた人間よりも強い種族ぐらいに考えてくれていい」

「雑だね」

「問題はそこじゃないからな。で、その天族と魔族が地上を支配していた時代に人間が生み出したのが、俺たちの討伐目標である終末の竜クラディウスだ」


 ルシファーの言っていた外の神とかもろもろの話は今はどうでもいい。多分、言っても混乱するだけだから。あの話は転生者である俺にしかしっくりこないと思うし、ルシファーの言葉が本当なら具体的に向こうから干渉してくることもないだろうしな……


「このクラディウス、どうやら負の感情とかを吸い上げて無限に強くなるらしく、天族たちも問題思ったのかミカエルを中心に何度か討伐には成功しているらしい」

「討伐に成功している? どういうこと?」

「討伐できても完全に滅ぼすことができなかったってことだろ」

「なら不死身だと? 戦うだけ無駄ではありませんか?」


 うん……アイビーの言いたいこともわかる。不死身だとわかっている相手を殺す方法なんて考えるだけ無駄な気がしてくるよな。


「天族だってそこまで馬鹿じゃない。殺す方法は日夜考えていたみたいだけど……それを実行することなく、天族同士の仲間割れによって天族という種族そのものが滅んだ」

「……それ、何年ぐらい前なんですか?」

「さぁ? 数千年以上前だから、あんまりにも遠い話だと思うけどな」


 人間が持っている歴史は大体2000年ぐらいだから、それに比べたら遥かに昔の話だ。もっとも、人間が2000年ぐらい前までしか知らないのは、そのクラディウスが全てを滅ぼしているからなんだけども。


「クラディウスを倒さないといけないって言うのは、そいつが大体2000年ぐらいの周期で人間の国とかを滅ぼしているからみたいだからってこと」

「テオドール先輩、今はそのクラディウスとやらが前回現れてからどれくらいなんですか?」

「約2000年」

「……俺たちが生きている間に、確実にやってくるということか?」

「確実とは言ってない。ただ、確率は限りなく高いがな」


 実際、具体的な周期が決まっているのかもわからないからな。ただ……その日は必ずやってくる。


「で、倒す方法だが……やはり王国をそのまま戦場にする訳にはいかないから、東の海を越えた先にあるらしい島を戦場にしたいと考えている」

「東の海の先……海にいる海獣は?」

「そこは今、手を打っている最中だ。ミカエルから聞いた話だが、あそこに存在している海獣はフォルネウスという魔族が生み出した眷属らしく、別の天族であるバラキエルから聞いた話で、それを制御する方法が魔族の住んでいる場所の近くに残されているらしい。今はそれを魔族のヴァネッサに取りに行ってもらってる」


 それがあれば海獣の問題は解決して、ようやくクラディウスとの戦いに挑むことができる。


「……これから、俺はクラディウスを殺しに行く。天族たちがやったように身体を殺すだけではなく、魂までしっかりと消滅させて二度と蘇らないようにする。できれば皆にも力を貸してほしいと思っているけど……はっきり言って学生のやることじゃない。無理に命を懸けてくれとは言わない」

「僕は最初からついていくつもりだけどね」

「まぁ、エレミヤはな」


 そもそも、俺とエレミヤがフローディルを殺したから、こうして対応に追われているわけだしな。


「ヴァネッサが戻ってきて、準備を済ませたらすぐに俺とエレミヤは東の島に向かう。それまでに、俺たちと一緒に来てくれるかどうかは、決めておいてくれ」


 天族たちは協力してくれることを約束してくれたが、その魂を持つ人間に命を懸けてくれとまでは言っていない。それほどまでに、相手は強大な存在なわけだからな。俺はここに集まってくれている人たちを仲間だと思っている。だからこそ……命を俺に預けてくれるのかは、自分たちで決めて欲しい。そう、思った。

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