第151話 秘匿の天族

 地面に倒れ伏すニーナとエリッサ姫を無視して、俺はちらりとアイビーたちの方へと視線を向ける。予測通りしっかりとエリッサ姫のグリモアは覚醒させることができた訳だが、アッシュの方はどうなったのかなと思ったのだが……なんだかさっきとなにも変わっていない。アッシュとアイビーがひたすらに戦っているだけで、エレミヤがそれをぼーっと眺めている。


「進捗あった?」

「……」


 エレミヤに近づいて2人の進捗はどうなのか聞いたが、普通に無視された。そのまま自分の目で見た方がいいってことですかね。


『馬鹿、気が付け』

「ん?」

『これがオファニエルの力だ』


 気が付けって言われても、俺にはなにも……なんて思っていたら、俺の背後から勝手に全能の光ルシフェルが展開され、同時に魔力が弾け飛んで一瞬で光景が変わった。

 地面に膝をついて立てなくなっているアッシュ、虚空に向かって攻撃を放つアイビー、そして何もない所を眺めているエレミヤ。


「これは?」

『オファニエルの秘匿の魔力……しかし、これは暴走しているのか?』

「暴走って……サリエルとミカエルは?」

『僕には秘匿の力なんて効かない。ただ、アイビーに声をかけても特に反応が無くて困っている』

「私も同じような感じだね。エレミヤは完全に囚われてしまっているよ」


 影だけで動くサリエルと、エレミヤの身体から飛び出しているミカエル。七大天族ともなると流石にオファニエルの力の影響からは抜け出せるらしい。


『このまま放置していたら、あのアッシュとかいう男の魔力が枯渇して死ぬぞ。なんとかして目を覚まさせてやれ』

「目を覚まさせるって言っても、どうやってグリモアを制御させるんだよ」

『……気合でなんとかなる!』


 いや、そうはならないだろ。

 気合でどうにかなるとは思っていないが、俺がなんとかしないと駄目ってのはわかったので、取り敢えずは殴ってやろう。

 ちょっと気合入れてから踏み込んで顔面に向かって拳を叩きこもうとしたら、普通に反応されて避けられた。しかし、生気のない目をしているところから見ても、明らかにアッシュの意識はなさそうだ。


「グリモアが暴走してるってのは、結局オファニエルが表に出て暴れてるってことでいいのかな?」

『知らない。秘匿されていることは見ればわかるが、秘匿の向こう側に何があるのかはわからないからな。今もあの男の内側は秘匿されていて感知できない……サリエルなら見抜けるんじゃないか?』

『……オファニエルはまだ完全には覚醒していない。僕の力を不完全に受けたせいで、力だけが漏れ出している状態だ。まずは彼を叩き起こして、その後にオファニエルを完全に覚醒させてグリモアを制御させる……これしかないだろう』


 なら、どっちにしろアッシュはぶん殴らなきゃいけないのね、了解。

 再び踏み込みながら蹴りを放ったら、アッシュにしては珍しく真正面から防御してきた。無意識でアッシュが反応している訳ではなさそうだ……アッシュが反応しているのならば、確実に受け流されて反撃されていただろうからな。柔剣術のカウンターを心配せずに殴るだけなら、簡単だ。


『気を付けろ。秘匿の力はいつ発動するのかわからないんだからな』

「その時はルシファーがなんとかしてくれるだろ?」

『……してやらないこともないが、あまりにも引っかかりすぎると無視するからな』


 大丈夫だって……そんなに時間はかからないから。

 ウルスラグナを抜いてから地面に突き刺し、鞘を手に取ってアッシュに近づく。アッシュの手には剣が握られているが、意識的に動かしてこないならそこまで気になりはしない。最初に蹴りを放つと、普通に腕で防御してきたので、そのまま鞘を振るう。もう少しで首に当たりそうだったのだが、その前に剣が間に挟まって防がれたので、そのまま翼を動かして横から叩きつける。


『手荒に使うな!』

「腕みたいなもんだろ!」


 最近は翼を動かすのにも慣れてきたから、余った腕のように攻撃に転用できるようになってきたんだ。流石に生まれ持った2本の腕のように自由自在とはいかないが、物理攻撃をするにはちょうどいい。なにより、いざという時はルシファーが動かしてくれるから便利なのだ。

 予想外の方向から殴られたはずだが、アッシュはすぐさま立ち上がってこちらに手を突き出してきた。


『ん、来たぞ』

「はいよ」


 アッシュが魔力を放つと同時に、急加速して俺の背後に回り込んできたが、冷静に全能の光ルシフェルから光を放って秘匿の力を破ると、背後に回り込んできていたアッシュが消えて、俺の目の前でたたらを踏んでいるアッシュが現れた。


「歯、食いしばれよっ!」


 秘匿を破られた反動なのかフラフラとしているアッシュの顔面に思い切り拳を叩きこむ。メキって音とかなり不快な感触を拳で感じながらも、手加減することなくそのまま殴り抜く。漫画のように錐揉み回転しながら飛んでいくことはないが、かなりの勢いで地面に倒れこんでしまった。


「これで大丈夫か?」

「……大丈夫なんじゃないかな?」


 ただ思い切り殴っただけでいいのだろうかと思ったが、ミカエルは笑って頷いてくれた。同時に、虚空に向かって攻撃していたアイビーは目が覚めたように周囲をキョロキョロと見渡し、エレミヤはすぐこちらに視線が合った。


「で、オファニエルは──」

『ぬぁぁぁぁぁぁっ!? なんじゃ貴様はっ!? いきなり儂の顔を殴るなど無礼にも程があるじゃろう!? 人間の分際でこのっ!? ぶっ殺してくれるわ!』

「元気そうで安心したよ、オファニエル」

『元気すぎるな……やはり、君は秘匿の力を使っている時が一番いい』

『は? 私の知っているオファニエルはもっと寡黙な奴なんだが?』


 おいおい、七大天族の中で意見がコロコロ変わってるんだが? また秘匿の力で性格を偽っていたりするんじゃないだろうな?


「ルシファーは嫌われていたんだね。オファニエルは元々こんな感じの口うるさい奴だよ」

『全くだ……秘匿の力を使っている時は、大人しくしてくれるんだがな』

『み、ミカエル様とサリエル様っ!? 何故お2人が!?』

『……テオドール、少し引っ込んでいる』


 あ、ルシファーが思ったより傷ついてる!?

 ルシファーが語っていた寡黙な機械的な奴ってのは、秘匿で作り上げた姿なのか、それとも嫌っていたからルシファーの前ではそういう風に振舞っていたのか……どちらにせよ、ルシファーは嫌われていたらしい。やっぱり、天族全員から嫌われてないかな、君。

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