第149話 太陽の天球

審判者の剣ミカエル

「っ」


 エリッサ姫の前に立っているだけだったエレミヤは、グリモアを手の中に出現させた。異様なまでに洗練されて研ぎ澄まされた魔力を前に、エリッサ姫がたじろいでしまうのも無理はない。俺が初めてエレミヤのグリモアを見た時から約1年が経っているが……あの時よりも確実に成長している。


「エリッサ様、少し手荒いことになってしまうかもしれませんが……よろしいのですね?」

「構いません。私の力を引き出すため……全力で!」

「では」


 俺なら適当に手を抜くだろうけど、エレミヤはまずそんなことはしない。後遺症が残らない程度には手加減するだろうけど、治せるぐらいの傷なら平然と作りそうだ。

 エレミヤの持つ審判者の剣ミカエルは、罪人を裁くための剣。相手が持つ罪の重さによって威力が変わるらしいが、それが公平な神の視点から見た罪のよって変わるのか、それとも使用者であるエレミヤの視点から見た罪によって変わるのか……そこら辺は上手く判別できない。多分だけど、どちらの性質も持っているんだと思う。

 エリッサ姫の持つ罪がどれくらいか俺は知らないけど、多分そこまで重くないだろうから、ちょっと切れ味の鋭いレイピアぐらいの威力しか発揮しないと思う。しかし……それでも万が一のことを考えてエレミヤは急所には当てないはずだ。


 迫りくる同年代1位の実力者に対して、エリッサ姫はいつも通り得意の付与魔法を発動して対抗する。通常の付与魔法とは違い、エリッサ姫の略式魔法によって付与される付与魔法の効果時間は短い。しかし、それを補って余りあるほどの瞬間出力と略式による付与魔法の速さ。それがエリッサ姫の強さを支えている。

 通常なら付与魔法の効果時間が短いことはデメリットでしかないが、エリッサ姫は状況によって属性を切り替えるためにわざと短くしている。つまり、エリッサ姫にとって付与魔法の効果時間が短いのはメリットになる。あの戦い方のデメリットは、付与魔法を短い間に連続で使用することによる魔力のロスが大きいことぐらいだろう。


「はぁっ!」

「……」


 しかし、相手はエレミヤだ。審判者の剣ミカエルを持ったエレミヤの実力は圧倒的で、炎の付与魔法によって発生した火炎を易々と切り裂いてレイピアがエリッサ姫の喉元に突き付けられる。


「その程度では、あまりに退屈で寝てしまいそうです」

「上等っ!」


 エリッサ姫は短気だと思う。甘やかされて育てられてきたからなのか、少し世間知らずで我儘で夢見がちな部分が目立つけど、それ以上に我慢ができない性格をしている。ああやって普段から敬ってくれている相手に舐められていると理解すれば、即座にキレる。そして、エレミヤは恐らくそれを理解してやっている。

 限界まで力を引き出すことで、その奥に眠っている天族の力を呼び覚ます……言葉で言うのは簡単だが、実際に人間が自分の力を限界まで引き出すことなんて簡単にできることではない。しかし、外部から小さなきっかけを与えてやることで、もしかしたら簡単にできるかもしれない。それを意図的に引き起こそうとしているのだ、エレミヤは。


 ルシファー曰く、エリッサ姫の魂に宿っているガルガリエルは太陽の力を持つ天族で、七大天族には及ばないけれどそれなりに力を持った天族らしい。性格としては仕事中は至って真面目で、それが終わると馬鹿みたいにハイテンションになる二面性を持っている……ストレスが限界の社畜みたいな奴らしい。正直、話を聞いているといたたまれない気持ちになってくると言うか……まぁ、今は仕事しなくて済んでいるのだから大丈夫なのかな?


 エリッサ姫とエレミヤの戦いを眺めていたら、少し離れたところで爆発音が響いた。ちらっと視線を向けると、そこには影に追われるアッシュの姿があった。自在に影を操りながらアッシュを追うアイビーと……人型の影がそのまま並行して走っている。


「んー? アイビーってあんな風に力を使えたか?」

「……サリエルが表に出てきてるんだ」


 アイビーの発想力の問題なのか、それとも単純に影を操るのが上手くないのか……サリエルのように影をそのまま引き離して動かすことはできないらしいが、アイビーの中にいるサリエルが別で動かすことはできるらしいので、あんな感じで2対1の状況を生み出せるようだ。ただし、サリエルの影は人間のように動かした場合は肉体にフィードバックがあるので万能って訳ではないが。

 あっちは、恐らく宿っているであろうオファニエルの力を呼び覚ますためにやっている。

 ルシファー曰く、オファニエルは月の力を持つ天族で、七大天族に比肩しうるほどの力を持っている天族らしい。寡黙で必要なこと以外は決してしない機械的な奴だとルシファーは言っていたが、実際にどんな奴なのかは会ってみないとわからないよな。少なくとも、レミエルは機械的で寡黙な奴だったぞ。


「どっちも力が解放される予兆みたいなのは感じないのか?」

「さぁ? 俺だってそこまで万能じゃないしな」

『いや、オファニエルの方は相変わらず全くなにもわからないが……ガルガリエルの方は少しずつ太陽の気配が強くなっている。もしかすると──』


 ルシファーが言い終わる前に、空に輝いていた太陽が急に光を増した。俺とニーナが咄嗟に目を覆ってしまうほどの太陽光に、明らかに違和感を持った。

 同時に、俺の視線の先には光を纏った姿のエリッサ姫がいた。いや、眩しくて一瞬だけどエリッサ姫が光っているように見えたが、実際にはエリッサ姫の周囲に浮かんでいる球体のようなものが物凄い光を放ちながら、複数浮かんでいるようだ。


「あれが」

『あぁ……間違いない。ガルガリエルだ』


 エリッサ姫の周囲に浮かぶ球体の大きさはそれぞれで、一番大きいものは人間の頭部よりも大きく、小さいものは拳ぐらいのようだ。しかし、浮かんでいる……全部で9個の球体はそれぞれが強力な光と共に魔力を発している。


『上手く使え。散々人に仕事を押し付けた挙句、寝てたら叩き起こしてきた上司を許すな』

「え、えぇ……わかったわ!」

「……言われてるよ、ミカエル」

『うーん……ガルガリエルに関しては、確かに私が悪いのかな?』


 なんか、アホみたいなことを言っているような気がするけど、どうやらガルガリエルは完全に覚醒してエリッサ姫と会話ができるまでに復活しているようだ。


太陽の天球ガルガリエル!」

「さて、お手並み拝見ですね……審判者の剣ミカエル


 太陽の天族とその上司が、ぶつかった。

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