第145話 バラキエル

「……それで、ここまで来たと」

「うん」


 ヨベルさんに教えてもらったので、そのまま魔法騎士団の本部まで乗り込んで父さんに会いに来た。最初は不審者を見るような目を向けられたが、どうやらヨベルさんが思っていたよりも俺の噂が回っているらしく、名前を名乗っただけで「あの」副総長の息子だと言われてそのまま通された。

 執務室に引きこもっていると言われたのでそのまま執務室に案内され、ノックされたことに少し不機嫌そうな声で返事をしていた父さんは俺の顔を見て固まっていた。


「ヨベル……なんでここまで連れてきた」

「大切な用事があるそうなので」


 ヨベルさんはそれだけ言うと、ちらりと父さんの隣に立っていた秘書らしき人に視線を向けた。秘書らしき女性はその視線を向けられて察したらしく、咳払いをしてから執務室から退室していった。こういう、組織としてそれなりに完成されている場所に入るのって初めてだから、それなりに緊張するな。


「大切な用事ってなんだ? くだらない用事だったら怒るからな」

「終末に関することだそうです」

「まぁ、正確に言うと、終末に対抗する手段を色々と得るためにやってるって感じかな」

「……怒るに怒れない用事」


 なんだその微妙な表情は。

 俺の用事が本当にそれなりに大事なことを察したのか、父さんは執務用の眼鏡を外して来客用の椅子に俺を座らせ、向かい側にため息を吐きながら座った。ヨベルさんは無言でお茶を淹れにいき、俺はなんとなく畏まった感じで座っている。


「それで? なにか新しい情報でも手に入れたのか?」

「新しい情報……天族の中には七大天族って呼ばれる奴らがいて、そいつらが協力してくれることになったんだけど残り2人が見つからないって感じ。それに加えて、東の海の向こう側にクラディウスが生まれた場所があるらしいんだけど、そこに行くには海獣をなんとかしなきゃいけなくて、その為には海獣を生み出したフォルネウスって魔族の子孫か、もしくはフォルネウスと仲が良かったって聞いたアザゼルって天族を探さなきゃいけないんだけど、今はそのアザゼルの手がかりを求めてヨベルさんに会って、無理そうだったから父さんに会いに来た」

「待て、情報が多すぎてわからん」


 だよね。


「彼の今の目的は、副総長のグリモアに宿る天族……バラキエルと会話すること、みたいですよ」

裁きの雷光バラキエル、と? それはまた、よくわからないことだな」


 まぁ……いきなりグリモアと話させてくれなんて言われたって理解できないわな。手っ取り早く説明するには……やはりルシファーを見せるしかないか。


「ルシファー」

「なんだ……私が外に出るような用事か?」


 なんでそういう話は聞いてないんだよ、しっかり聞いとけ。

 俺の背後から出現したルシファーを見て、ヨベルさんと父さんは固まっていたが……そう言えばヨベルさんにもルシファーの声は聞かせたけど、姿は見せてなかったな。しかし、ずっと固まったまま動かないヨベルさんに対して、父さんはすぐさま頭を回転させていたようで、特に何かをすることもなく紅茶を一口飲んでから俺を真っ直ぐに見つめた。


「グリモアに宿る天族、だったか? まさかそんな存在がいるとは思わなかったが……こうして目の前に現れてしまったのなら疑う余地はない、か。わかった……できる限りの協力はする」

「なら、バラキエルと話をさせろ。シャムシエルは知っているかどうか微妙だが、バラキエルならば必ずアザゼルがどうなったか知っているはずだ」


 ルシファーの言葉に頷いた父さんは、裁きの雷光バラキエルを発動した。雷によって形作られた槍が父さんの腕の中に現れ……同時に室内が明るく照らされるほどの光を放った。


「バラキエルの雷光……間違いない」

「それで、バラキエルは起こせるのか?」

「いや、既に起きている……だろう?」

『……本当は、君と話すことなんてなにもないんだけどな』


 裁きの雷光バラキエルを手の中から消した父さんが、困惑したような表情を見せる。次の瞬間には、父さんの制御を離れた雷が人型のような形にまとまってこちらに顔を向けてきた。


『ルシファー……相も変わらず気に入らない奴だ。君とは何度も殺し合った仲だけれど、私に力を貸してほしいと言ってくる日が来るとは思わなかったよ』

「誰が力を貸してほしいなど言った。私はただ、お前が知っている情報を吐けと言っているだけだ」

『そういう態度だから、天族の誰からも嫌われるのではないかな?』

「知ったことではないな」


 怜悧な女性の声で喋るバラキエルに少し圧倒されていたが、俺はすぐさまルシファーの腕を引っ張って俺の後ろに下がらせる。このまま喋らせていても。どうせ売り言葉に買い言葉で喧嘩しかしないのが目に見えていたからだ。


「頼む。クラディウスに対抗する為に、どうしてもアザゼルかフォルネウスの情報が必要なんだ」

『クラウディウスか……ミカエルたちだけでは対処不可能だって話かと思ったら、フォルネウスとは……また懐かしい名前を聞いたな』

「知らないか? フォルネウスか……それともアザゼルの居場所を」


 アザゼルと共にミカエルに敵対した天族の中心人物であるバラキエル。ルシファーの言葉が正しければ、彼女はアザゼルと対等の立場にあった天族のはずだ。アザゼルがもし生きていたら、その居場所を知っているかもしれない。しかし、そんな俺の期待に応えてはくれずに、バラキエルは首を横に振った。


『悪いが、アザゼルの居場所なんて知らない。彼は味方である私たちにだってその考えを明確に話すことはないし、本当の意味で私たちのことを信用していたとも思っていない』

「そんな……」


 なら、これでまた振り出しに戻るのかよ。ここまでラグエルとラファエルの情報も掴めずに足踏みが続いているって言うのに。


『しかし、フォルネウスの力なら何とかする方法を知っている』

「え!? 本当か!?」


 アザゼルを探しているのは、魔族フォルネウスの力によって生まれた海獣がなんともできないからであって、その海獣がなんとかできる方法があるのならば、そもそもアザゼルを探す必要なんてない訳だからな。


『フォルネウスは賢い魔族だった……自分が死んだ時に、自らが生み出した海獣が後世に与える影響をよく知っていた。だから、彼はとある遺跡に海獣を制御できる方法を残すと言っていた』

「その遺跡は?」

『パウロネス……人間が言う、アクラレン半島のウルサス山脈だ』


 ウルサス山脈……あれ、そこって魔族が住んでいる場所じゃなかったか?

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