第143話 光輝の弓

「なぁ、ここ数日はずっと学園と街を歩いている訳だけど……見つからないのか?」

『駄目だな。それらしき気配は感じない』

「お前のその感覚、信用できるのか?」

『失礼な。そもそも、ラグエルとラファエルのような強力な力を持った天族とすれ違って、気が付かない方がおかしいだろう』


 王都の路地裏で、俺はルシファーと喋っていた。学園内にはラグエルとラファエルと思わしき存在はいないと言うので、仕方なく王都を練り歩いて探していると言うのに、ルシファーは何も感じないとか言い出した。まぁ、俺だってそんな簡単に見つかるもんじゃないとは思っていたけど、まさかここまで面倒な探し方をすることになるとは思わなかったんだよ。


「それにしても……王都は相変わらず人ばかりだな」

『繫栄していることはいいことだろう。数が多いのは確かに些か気になる点ではあるが、それは寿命が短く非力な種族としては当然の進化だ』

「人間の寿命、それなりに長いと思うんだけどね」


 多分、そこら辺に生息している生物と比べたらよっぽど平均寿命は長いと思うよ。ただ、数千年ぐらい平気で生きる天族とかには理解できないかもしれないけど。


『む、強力な魔力を感じるぞ』

「マジ? それ、ラグエルかラファエルだったりしない?」

『いや、これは……シャムシエルか?』

「誰だよ」


 いきなり知らない奴の名前を言われたって俺が理解できないんだから、もっとわかりやすく教えてくれよ。


『シャムシエルは確か、アザゼルと共にミカエルに敵対したはずだ』

「つまり?」

『アザゼルの最期、もしくはどこかで生きているのならばその先を知っているかもしれないということだ』


 めっちゃ大事な話じゃん。


「どっちから感じた?」

『待て、人が多すぎて上手く感知できない…………東だ!』

「了解っ!」


 路地裏から東方向に向かって走る。大通りでこんな風に1人で喋っていたら、完全に変人だと思われていたかもしれないが、路地裏なら多少無茶なことをしてもあんまりバレない。例えば、道を曲がるのが面倒だからって屋根の上を走ったりしても。


『あいつだ!』

「あれか……」


 ルシファーに導かれるまま街中を走っていると、大通りの中で騒ぎになっている場所を発見した。どうやら、街中で強盗が出たらしくそれを複数人の魔法騎士が追っているのだが……その中の1人がシャムシエルらしい。


「あの男か?」

『間違いない。あれがシャムシエルを魂に宿している……どうする?』

「どうするって……取り敢えずは様子見してるしかないだろ」


 ここでいきなり上から飛んできて「君、天族のシャムシエルの力を持っているんだよね、話聞かせて貰ってもいいかな」なんて言ったら、俺が即座に魔法騎士に連行されるわ。かと言って、強盗を俺がなんとかしても不審者として見られるだろうし……このまま見過ごしていても、なんとなく捕まえられそうになさそうだし。


「警告する! これからお前に対して魔法による攻撃を行う! 今すぐ逃走をやめて投降すれば痛みは感じずに済む! 繰り返す、これからお前に対して魔法による攻撃を行う!」

「へっ! 誰がそんなことでビビるかよ!」

「警告はしたぞ!」


 直後、警告を発していた男の肉体から魔力が溢れ出す。ルシファーのように特別な知覚能力を持っていなくても理解できるほど、濃い魔力だ。


光輝の弓シャムシエル!」

「あれが?」

『シャムシエルの弓……随分と懐かしいものを見たな』


 男の手の中に現れたのは、シンプルな見た目をした弓。しかし、明らかにその弓から放たれる魔力は異質で、間違いなく力のあるものであると見ただけでわかってしまう。

 走りながら狙いも付けず、矢をつがえることもなく男は弦を引き絞り……そのまま空気を放った。音も光もなく、ただ弦が弾かれただけに見えたが、次の瞬間には逃走していた強盗の足が深く抉れた。


「ぐっ!? ぎゃぁぁぁぁぁぁっ!?」

「警告はした。それでも投降しなかったお前の自業自得だ」


 何も見えなかったし、何も感じなかった。確かに、あの弦を弾いた瞬間に込められていた魔力が弾けるような感じはしていたが……大通りで一般人だって大量にいるのに、的確に強盗の足だけを攻撃する方法があるとは。


『シャムシエルの弓矢に、誤射はない。矢を放った瞬間に、目標とした相手を攻撃しるという結果だけがついてくる……もはや弓矢とも言えないものだ』

「ずるだろ」

高貴光輝な天族と呼ばれていたシャムシエルだが、攻撃手段は苛烈なものだな。しかし……まさかあの弓矢をしっかりと扱える人間がいるとはな』

「確かに、随分と扱い難そうな武器ではある」


 矢も存在しない弓なんて、滅茶苦茶使いにくいと思うんだけどな。相手に命中することを強制している矢だって言っても、それは自分が完璧に扱えることが前提になっている訳だろ? かなり使い勝手は悪そうだけどな。


「……さっきから、こちらを観察しているのは君か?」

「やべ」


 屋根の上に立ってずっと見てたら、普通にバレた。まぁ、強盗が逃げてきて魔法騎士が魔法を使用した時点で、一般人たちは急いで逃げてたしな……そんな中で、避難することもなくずっと上から眺めていたら普通にバレるか。


「君は……あれ? 確か、ミスラ副総長の息子さん、じゃなかったか?」

「……そんなに広まってるのかな」


 魔法騎士団内に広く浸透しているのかな……そうでもないと、面識がない魔法騎士にまで認知されていないと思うんだけど。


「初めまして、僕の名前はヨベル・マクレランド。ミスラ副総長の直属の部下だよ」

「なるほど……それで俺のことを。テオドール・アンセムです」


 ん? 副総長の直属の部下ってことは……かなり偉い立場なのでは?

 爽やかな青年って感じの男だけど、この見た目で魔法騎士団のそれなりの立場なのか……絶対に有能だろ。


「それにしても……うーん、確かに君はミスラ副総長の息子だね」

「ど、どこが、ですか? 正直に言ってあんまり似ていないと思うですけど」

「そんなことないさ。初対面の相手に対して少し緊張するところも、なんとなく柔らかそうな雰囲気を出しながらも相手を心の底で警戒している部分なんかもミスラ副総長にそっくりだ」


 父さん……部下にそんなこと言われるぐらいには、仕事中はピリピリしてるのね。いや、魔法騎士団の副総長としてそれが当たり前なのかもしれないけど、俺の知ってる父さんは酒を飲みすぎて母さんに怒られているか、俺との稽古でムキになっているかのどっちかのイメージだからなぁ。

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