第140話 熱い男

「えぇい、やるなっ!」

「……」


 大振りな炎を避けながら、俺はひたすらにウリエルの動きを観察していた。ニーナの褐色肌が炎で照らされるのを尻目に、俺は勢いよく後ろに飛んで距離を取りながら……野外訓練場の近くまで来た。さっきの場所で派手に戦えば、校舎や学生寮に被害が出ると判断しての行動だったが……こいつはそこまで警戒しながら戦う相手じゃないと判断できるぐらいには、弱いな。

 なんか1人で俺に対してやるなとか言ってるけど、滅茶苦茶弱い。どれぐらい弱いかって言うと、普段のニーナの方が絶対に強いって思うぐらいには弱い。七大天族の1体であるウリエルがそんなに弱いことあるのかと、手を抜いていることも考えたが……ミカエルから聞いた人物像と、ルシファーの反応からして間違いなくウリエルは本気だ。なら、何故こんなにも弱いのか。


『身体を無理やり動かしているような動きだ。本来のウリエルに比べても、1割にも満たない動きの重さ……魔力だけは本物だが、炎の出力も安定していない』

「やっぱり、後天的に無理やり身体に入り込んだから?」

『それもあるだろうが、恐らく身体の持ち主が抵抗している、んだと思う』

「なるほどね」


 確かに、ニーナは自分の身体を勝手に使われて黙っているような性格ではないし、当然ながらそんな状況になったら激しく抵抗するだろうことは想像に難くない。ウリエルの代名詞らしい炎の出力が安定していないのも、そういう理由だろう。


「安定していないとは言うけど、冷や冷やするな」

『安定していないだけだからな』


 身体の使い方は下手くそだし、ニーナが普段から二刀で使っている長剣を一刀で振るっている訳だが、剣の間合いも把握できていないのか俺が棒立ちでも避けられるような攻撃をしていた。しかし、何度か見せている炎には背筋に冷たい汗が流れるようなものがある。

 今、ニーナの身体からは膨大な魔力と共に高温の炎が吹き上がっている。その出力が安定していないので、噴火する火山のように何度も吹き上がったり、逆に鎮静化したりとしているのだが……吹き上がった時の出力は、軽く学園全体を吹き飛ばせるんじゃないかってぐらいの威力を秘めている。


「……ところで、俺はなんで襲われているんだ?」

『さぁ? ウリエルはそういう奴だからな』

「だからどういう奴だよ」


 ルシファーのウリエル評はどうなってんだよ。

 よくわからない掛け声と共に、ウリエルは俺に接近して炎を放出してきた。しかし、安定していない出力のせいでゴミみたいな威力だったので、普通に片手で弾いたら、酷く動揺している。


「ば、馬鹿な……俺の炎を、まるでゴミのように!?」

「いや、今の実際にゴミだっただろ」

「くっ!? ルシファーめ……やはりその力は顕在か!」

「襲われてるの、俺じゃなくてルシファーなのかよ……そんでもって、自分の出力が安定していないことに気が付いてないだろ、こいつ」

『だから言っただろう? 馬鹿だと』


 いや、確かにミカエルも殴った方が早いとは言ってたけど……だからってこんなに頭が悪いとは思わないじゃん!?

 それにしても、俺が魔族と契約している人間だから襲い掛かってきているのかと思ったら、俺の中にいるルシファーが原因らしい。マジでこいつ俺に対して天族関係の厄介事しか持ってきてないな。そのおかげで探す前に七大天族が向こうからやってくるのはいいことなのか悪いことなのか。


「はぁっ!」

「やべ」


 再び炎を発しながら突っ込んできたウリエルだが、今度はまともに受けたら俺が消し炭になるレベルの出力を維持しながら突っ込んできた。当然、真正面からそんなものを受け止めたら俺が普通に死ぬので、なんとか回避しながらその背中に向けて風の魔法を放ったのだが……風が燃えた。


「風が燃えることってあるんだな」

『ウリエルの炎はなんでも燃やす。それこそ、他人が発した魔力だろうとな』


 なるほど……風が燃えたんじゃなくて、それに含まれている魔力が燃えたってことなのか。確かに、どんな形になっても魔法は魔力を込めるものなんだから、魔力にさえ反応すればなんでも対処できるか。しかし、そうすると出力が高い時は全く魔法を受け付けないって言っても過言ではないのか。攻撃が最大の防御とはよく言ったものだ。


「ルシファー! 何故逃げ続ける! お前が本来の力を取り戻しているのならば俺と真正面から戦えているはずだ!」

「そもそもルシファーって力を失ってるのか?」

『いや?』


 えぇ……どういうことだよ。


「お前はそんなに臆病になったのか? それとも、俺はその程度で倒せると思っているのか!?」

「……そもそも、俺はルシファーじゃないんだが?」

「何を言う! お前は確かにルシファー…………あれ?」


 ようやく気が付いたか。


「本当に、ルシファーじゃない? まさか……ルシファーの力を持った人間、なのか?」

「そうだよ。そういうお前は、勝手にニーナの身体を使っているみたいだけど?」

「む? この少女はお前と戦うために少し身体を借りているだけで、俺は別に害そうなんて考えている訳ではない」

「でも、抵抗されているんだろ?」

「あぁ!」


 いや、格好よく頷いても抵抗されていることには違いがないからな。


「ニーナは俺の知り合いなんだ。できるなら、身体を返してやってくれないか?」

「身体を……そうしたら喋ることができないではないか」

『私のようにすればいい』

「っ! ルシファー!? どこから!?」


 こいつ……マジで頭悪いのか?


「か、返せっ!」


 ウリエルが動揺している隙に身体を取り返したのか、炎のように渦巻いていたウリエルの魔力が消えて……いつも通りのニーナへと戻った。


「はぁ……何だったんだいったい……私の身体を勝手に使う奴が現れるなんて思いもしなかったな」

「大丈夫か?」

「テオ、手加減してくれて助かった」


 見えてたのか。確かに、俺はニーナの身体であることを考えて殆ど反撃はしなかったが、別に手加減していた訳ではないんだがな。


「それにしても、今のはなんだったんだ?」

『少女よ! 今すぐ俺に身体を貸してくれっ! 目の前にいる男はやはりルシファーに違いない!』

「……頭からガンガン声が響くんだが?」

「よくあることだ」


 俺も最近、身体の中からよく声が聞こえるから、これでニーナと俺はお揃いだな。

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