第139話 滾る炎

「まだあまり納得できないことも多いですが、今は受け入れましょう」


 サリエルと喋ったことを伝えてやると、なんとか受け入れてくれたみたい。元々、王国側の人間なのだから納得してくれるとは思っていないが、不都合な所には目を瞑ってくれるのだからありがたいものだ。これが役人とか頭の固い貴族だったら、世界の終末が迫っているって話をしようが無視されただろうけど、これまで俺と関わってきた過去があるからなのか、アイビーはそれなりに納得してくれた。まぁ、背後でニヤニヤしているルシファーのせいってのもあると思うけど。


「……テオドールさんは、私のことを私情なんて存在しない国の諜報員みたいに思っているかもしれないですけど、人並みに感情はありますからね。国が滅びそうなのに、命令されていないからって見て見ぬふりするほど薄情なつもりはありません」


 何も言ってないのに、俺がアイビーのことをどう思っているのかまでバレてた。

 国の諜報員なんて、私情を捨てた完全な命令されるだけの人形ぐらいにしか思っていなかったんだけど、アイビーはそうでもないらしい。

 そうなると、フローディルが死んだ後に俺と関りが薄くなったのは……単純に俺自体が危険な人間だとアイビーに判断されたからなのでは?


「もしかして、俺って国にとって危険人物になってる?」

「二択で言えばそうだと思いますが……完全な危険人物と言うほどではないと思います。ただ、最終的には自分のことを優先するので、国とは敵対する立場だと思いますけど」


 それって充分に危険人物扱いってことでいいんじゃないかな。


「それにしても……七大天族なんて存在しているかもわからないあやふやなものに頼ってまで、終末に対抗するんですね」

「逆に対抗しないのか? 何度も言ってるけど、俺は天変地異だって指咥えて見ているだけなんて絶対に嫌だからな。後からあの時ああしていればよかったなんて思うぐらいなら、俺は無駄足になろうとも足掻く」

「……羨ましいですね。その前向きさが」


 前向き……なんか、俺の想像している前向きとは全然違うんだが、これは前向きさって評価でいいのだろうか。


「それで本当に終末を退けることができたら、貴方は国の「英雄」ですね。英雄になりたいんですか?」

「英雄ね……英雄ってのは、行動した後に周囲の人が勝手にそう呼ぶものであって、自分から成るものじゃないと俺は思うけどな」

「……そうですか」


 



『あれで説得できたことになっているのか? あの女、言うほど協力的には見えなかったが?』

「そうか? 俺は充分な成果が得られたと思ったけどな」


 アイビーとの会話を終えてぶらぶらと歩きながら寮へと向かって歩いていると、内側に戻ってきたルシファーからそう言われたが……俺はあれでよかったと思う。

 アイビーにはアイビーの立場があって、考えがあるのだから仕方ない。でも……彼女だって最後にはしょうがないと言いながら助けてくれるだけの善性があるから。俺は基本的に人間は性悪説だと考えているが、逆に言えば人間はたゆみない努力をすれば善性を獲得することができる生き物だってことでもある訳だからな。


『……そうか。お前がそう思ったなら大丈夫だろう』

「そういうルシファーは、なんで俺になんか付き合ってるんだ? 正直、お前はもっと好き勝手している奴だと思ったんだけどな」


 シンバ王朝遺跡から連れ出してきたのは俺だけど、少しすれば俺の中からいなくなってしまうとばかり思っていたのだが、なんだかんだと言いながらずっとルシファーは俺と行動を共にしている。気まぐれでそうしてくれているだけならそれでもいいんだが……なにか理由があるのだったら聞いておきたい。


『否定はしない。ただ……お前の周りには、面白い奴が多い……私のことを、否定しない者も、多い』

「ルシファー?」


 なんか、普段とは様子が違う。ちょっと落ち込んだ感じの雰囲気で……否定しない者が多いってことは、天族ではずっと否定される立場だったのか?

 少し心配になったので立ち止まって真剣に話そうと思ったが、本能的な危機感に従ってその場から後ろに飛んだら、地面を砕きながら上から人が降ってきた。


「襲撃? こんな学園内で?」

『お前、本当に事件に巻き込まれてばかりだな』

「うるせぇ」


 自分でもそう思うけど、別に狙ってる訳じゃないからな。


「どこの誰か知らないが、俺に戦いを挑むなんて……?」


 土煙の中から出てきたのは、異様な雰囲気を纏ったニーナ・ヴァイオレット。


「ふむ……まさか避けられるとは思わなかったな」

「いきなり攻撃してくるなんて、ついに見境なくなった……いや、?」

「誰、だと?」


 俺に向かってニーナが攻撃を仕掛けてくることは、あんまり驚かない。以前から何度も手合わせはしてきているし、俺とニーナの関係は拳で語り合うことしかできないぐらいだと思っている。向こうがどう思っているかは知らないが。

 だから、と言う訳でもないが……ニーナが俺に向かって攻撃してくることにはあまり違和感はないが、なんの言葉も無しに奇襲で殺しに来ることはまずない。そして、ニーナは必ず二刀を抜刀する戦闘スタイルなのに、目の前のニーナは背中の剣を片方だけ抜刀している。なにより……全身から溢れ出ている炎のような魔力が、ニーナのものとは全く違う。


『馬鹿な。か?』

「……やっぱり?」


 この圧倒的な暴力のような魔力量は、サリエルと戦っていた最中にも影から感じ取れた埒外のもの。即ち、七大天族のものなのだが、その中でも炎を操る者はウリエルであると聞いていたから、そうなんじゃないかと思った。

 しかし、ルシファーの馬鹿なって言葉にはちょっと首を傾げる。


「ルシファーは、ニーナのことを見たことがあるはずだろ? なんで前に気がつかなかったんだよ」

『見ていたさ。取るに足らない小娘だと思っていた……本当に先日までは、名前も残せない天族の魂が宿っていたはずだ』

「後天的に変わることなんてあるのか!?」

『いや……考えられるのは、そもそもウリエルはつい先日まで魂の形ではなかったということ。つまり、私と同じように後から人の身体に入り込んだということだ』


 マジか……七大天族は全員、人間と同化していると思っていたんだが……と言うか、ミカエルも多分そう思っていたはずだ。だが、実際に俺の前には後からニーナの身体に入り込んだのであろうウリエルがいる。

 剣を地面に突き立て、ウリエルは口を開いた。


「誰だと聞いたな? 俺の名は、ウリエルッ! 炎を操り、天族の敵を滅する正義そのものだっ! 覚えたか?」

「……はい?」

『気にするな。ああいう奴だ』


 どういう奴だよ。

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