第137話 サリエル

「ちょっ!?」


 動き出した影は、こちらに直接攻撃しながら影を操って複数の攻撃を繰り出してきた。アイビーとは全く違う攻撃パターンに困惑することしかできないんだが、なにより影の使い方が桁違いに上手い。


『この戦い方、間違いなくサリエルが死を体現する時と同じだ……やはり意識がはっきりとして、攻撃してきているようだな』

「ならちょっと説得してきてくれよ!」

『断る。あの陰険クソ野郎が私の話を聞くとも思っていない』


 嫌ってるだけじゃなくて嫌われてないか!? ミカエルはサリエルのことを同族のことを誰よりも愛していた天族だって言ってた気がしたんだけど、なんでお前は例外なんだよ!

 ぬるっと、太陽に照らされてできた影のように動く人型は、想像を超えるスピードで俺に迫り……影で生み出された剣を振るってくる。ウルスラグナで受け止めた瞬間にガキン、という金属のような音がしたから影だと思ってそのまま受けていたら死んでたかもしれない。まぁ、死の翼サリエルの時から、人体を平然と貫く鋭利さを見せていたので受けるつもりは元からなかったけど。


「このっ!」

『気を付けろ。サリエルの影に、限界はないぞ』

「はっ!?」


 ルシファーの警告通り、人型は少し膨らんだと思ったら……そのままとんでもない量の矢の様なものを飛ばしてきた。アイビーのように、自身の影を伸ばして戦っている訳じゃない……影を切り離したり、元々の面積以上に伸ばしていることから見ても、まともな影って訳じゃなさそうだ。

 なんとか飛んでくる影を避けながら、全能の光ルシフェルを展開して空中機動を交えて影に接近するが、次の瞬間には視界から消えて俺の背後に現れていた。


『サリエルの影に光など関係ない。あの小娘が未熟だっただけだ』

「それも早く言ってくれ!」


 なんとか反応してウルスラグナで剣を受け止め、全能の光ルシフェルの能力を使って空中で大地を踏みしめるように踏ん張ると、人型は重力に引かれて俺の方に身体が落ちてくるのでその身体を思い切り蹴る。

 影の癖に、しっかりと蹴ることができるだけの質量があることにはなんとなく気持ち悪く感じているが、今はとにかくこの人型をなんとかしたい。


「……」

『思っていることを素直に言っていいぞ』


 普通に、アイビーよりも人型の方が手数も影の使い方も上手だし、なによりこちらの意識の外から攻撃してくるその正々堂々なんて知ったこっちゃねぇみたいな戦い方がやりずらい。勿論、俺だって正々堂々なんてくそくらえと思っている人間だが、それをかなりの高レベルでまとめているのが面倒だ。

 はっきりと言うならば、アイビーよりも遥かに強い。これを動かしているのが本当にサリエルなのだとしたら……七大天族の強さがわかるというものだ。


『で、どうする?』

「どうするって?」

『もし、あれを片付けたいと言うのならば、手伝ってやらないこともないぞ?』

「ルシファーが? まぁ、ありがたい申し出だけど……」


 ミカエルならまだしも、サリエルでもそんな反応するなんてどれだけルシファーは天族の仲間に嫌われて、嫌ってるんだよ。

 ルシファーと呑気に会話しながらも、ずっとゆらゆらと蠢ている影を眺めていたんだが……本能的な危機を察して頭を下げると、いつの間にか背後にいたもう1体の影が首を狙って刃を振るっていた。


「ルシファー!」

「いいだろう!」


 流石に、今の状況で2対1になると面倒だと判断したので、即座にルシファーを呼ぶ。姿勢を低くしている俺に向かってもう一度攻撃しようとした影を、俺の背中から現れたルシファーが殴り飛ばした。


「この私と肩を並べて戦うことができる光栄、喜んでいいんだぞ?」

「遠慮しておくよ……来るぞ!」

「ふっ!」


 2体の影が同時に距離を詰めてくる。こちらが2人になったからなのか、あるいは単純に距離を詰めて戦った方が強いのか。


「この程度では満足できんな……本気を出せ、サリエル!」

「出さなくていいんだよ!」


 俺は別にサリエルと戦いたくてやってる訳じゃないんだから。


『……癪に障る、その傲慢な態度。僕はやはり、君のことだけは同胞と見ることはできないな!』

「ちぃっ!?」


 ルシファーが加わったことで状況は五分だと思っていたのに、俺の前方から襲い掛かってきた影の背後から、普段の黒目を赤く染めたアイビーが俺に殴りかかってきた。口が開いていないのに喋っている……間違いなく、ガブリエルのように身体を勝手に使っているんだ。


「テオドール、代われっ!」

「殺すなよ!」

「わかっているとも!」


 襲い掛かってきたアイビーの中身がサリエルであることを察したルシファーが、無理やり俺の前に割り込んで戦いは始めた。彼女はただサリエルと戦いたくて前に出たらしいが、すぐさま俺に影が2体襲い掛かってきたので俺はルシファーを止めることもできずに再び2対1の状況に戻された。

 中身はサリエルだとしても、動かしている身体はアイビーなんだから殺されるのは困る。そこら辺を全てひっくるめて殺すなって言葉にしたんだが……どこまで守ってくれるかわかったもんじゃない。


偽典ヤルダバオト


 2対1の状況で出し惜しみしている場合ではないので、俺は偽典ヤルダバオトを右手に召喚して、そのまま動き回る影に斬りかかる。狙いは……影に存在しているはずの魔力を吸収して動きを止めること。

 しかし、偽典ヤルダバオトの力で間違いなく魔力は吸収できているのに……影の動きが止まる気配はない。まさか魔力無しで動いているのかとも思ったが、どうやらアイビーの方から自動で魔力が供給されているらしい。


「ふははははは!」

『っ、不快な……その光を止めろ!』

「不快だと思うなら止めてみるがいい!」


 ラスボスみたいなことを言いながら、ルシファーは翼から大量の光弾を発射してアイビー……サリエルを攻撃していた。サリエルの方も、影を上手く使いながら状況を打開しようとしているが、単純にルシファーの方が強そうだ。


原典デミウルゴス


 2体の影からの猛攻を防ぐために、左手に持っていたウルスラグナを投げつけてから、指輪として嵌めていたデミウルゴスを左手に展開する。イメージするのは、少し前に戦ったアルス先輩のグリモアである万人の盾ザフキエルだ。指輪が一瞬で円形のシールドに変形して飛んでくる影の矢を弾き、攻撃の隙間から偽典ヤルダバオトに溜め込まれた魔力を一直線に放って影を2体、同時に串刺しにする。


『ぐっ!?』

「ほぉ? お前の影がそんな風に繋がっているとは、私も知らなかったな」


 俺が影を刺し貫くと同時に、ルシファーと戦っていたサリエルが腕を抱えて倒れ伏した。じわりと血を滲ませながらこちらを睨んでくる様子からして、どうやら影の人型はサリエル自身と繋がっていて、ある程度のフィードバックがあるらしい。


「降参しろ、サリエル。元々は対話の為に来たんだからな」

『先に翼を広げておいてよく言うよ……』


 それは、悪いと思ってる。

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