第135話 翼と翼

 ミカエルとの対話によって得られた情報はかなり多い。

 東の海に生息する海獣の原因と対処方法や、残りの七大天族の性格と恐らくは現代にグリモアとして転生しているであろうこと。

 まず、俺がやらなければならないことは……やはり七大天族の残りに協力を呼び掛けること、そしてアザゼルの魂を持つ者かエーギル族の魔族を発見することだ。

 こういう場合、俺は簡単なものから処理していくのが精神的に落ち着く。難しいものを後回しにするってのは、なんとも逃げているような気もしないでもないが……後のことを気にせずに難しいことを処理できるってのは大きなことだと思う。あれだ……テストとかで、難しい証明問題は最後にやれって習うみたいな感じ。


 まず、俺は所在の分かっている七大天族の残りに会いに行くことにした。即ち、死の翼サリエルを持つアイビーと慈悲の雷霆レミエルを持つリエスター師団長だ。

 授業の為に大講堂の後ろの方で席に座ると、何も告げずに横にアイビーが座ってきた。エレミヤがちらりとこちらを見てきたが、俺に任せろと視線だけで制止する。


「……私の知らない間に、随分と仲良くなったんですね。前はそこそこ嫌っていませんでしたか?」

「嫌ってはない。面倒くさいなとは今でも思っているが」

「それは、自分よりモテるから?」

「違うわ」


 なんで自分よりもモテるからって理由で面倒くさいって思うんだよ。普通に、親友面してくるところとかが面倒だって話なんだよ。


「アイビー、今日の授業が終わったら2人で会えるか?」

「…………」

「なんだよ」

「びっくりしました。そんな気が利いたこと言えるようになったんですね……女性を誘う方法なんて誰に教えてもらったんですか? エレミヤさん?」

「引っ叩くぞ」


 なんでそういう意味わからないことばかり言ってくるのか謎なんだが?



 数時間後、1日のスケジュールが全て完了して時間ができたので……俺はアイビーと2人きりになれる場所に来ていた。場所は、貸し切りしている屋内訓練場。

 放たれた鋭い蹴りを普通に受け止めてから足首を掴み、そのまま力だけで引っ張って後方に投げる。空中で態勢を立て直したアイビーは、そのまま壁に着地して勢いよくこちらに向かってくるが、それも避けて両手を掴んで地面に引き倒す。即座に反撃の足が飛んできたが、頭を動かして避けてから腕を掴んで背中に回しながら体重をかけて拘束する。


「……負けました」

「ん」


 すぐに拘束を解いて、距離を取ると……少し不服そうな顔をしたアイビーがこちらを睨んでいた。


「私はこれでも幼いころからずっと体術の訓練を施されてきたんですけど……なんでそんなに理不尽な強さなんですか?」

「え? いや……身体の動きとかはやっぱり流石だなって思うけど、結局素人みたいな動きでも速い方が勝つでしょ」


 実に単純な話で、アイビーが諜報員として幼い頃から鍛え上げられていたとして、どれだけ優れた動きを見せたところで欠伸が出るような速度で動いても意味はない訳で……正直、悪いとは思っているけどね?


「それで……私に話ってなんですか? 国の諜報の話でしたら中身は喋りませんよ」

「今まで俺に色々と教えてくれていた気がするけど」

「今までのは喋った方が有利に働くから色々と喋っただけで、前内務卿が死んでからはテオドールさんは特に重要人物でもないので」


 だから、最近顔を合わせることが少なかったのね。でも、アイビーにとって俺が重要人物ではなくなったのに、今になってアイビーが俺の重要人物になったのだから面白い話だ。


「七大天族の話ってしたっけ?」

「……知りませんよ」


 あれ? そう言えば、七大天族について詳しく説明したのってその場で話を聞いていたエリクシラとエリッサ姫、後から説明した七大天族のグリモアを持っているエレミヤとヒラルダだけか。


「まぁ、とにかく天族がいて、その力を受け継いだのが人間のグリモアなんだけど……その中でも強力な7体を七大天族って呼ぶって話」

「名前を教えてください」

「ミカエル、ウリエル、ラファエル、ガブリエル、ラグエル、、レミエル」

死の翼サリエル?」


 アイビーの持つグリモア、死の翼サリエルは、七大天族であるサリエルの力を受け継いだもの。つまり、俺が協力を求めるべき仲間。


「……なるほど、つまり私のグリモアに宿る魂に用があるということですね」

「まだ何も言ってないよ」


 なんでそんなことまで一瞬でわかるんだよ。


死の翼サリエル


 アイビーがグリモアを起動すると、彼女の影がずいっと伸びて……背中に黒い翼のように展開される。あれがアイビーのグリモアである死の翼サリエルの基本的な形。影を自在に操り、その中に潜ることで隠密行動をすることもできる優れもの。

 ルシファー曰く死を体現する天族で、ミカエル曰く誰よりも慈悲深く仲間を愛していた天族。死を体現しながら慈悲深いなんてすごい矛盾したような気持にもなるけど……処刑人だって死刑囚には慈悲の心を持つものなんだから、そんなもんかな。


「じゃあ、サリエルと会話がしたいんだけど」

「……それ、私がなんとかできるものなんですか?」

「知らない」


 すっごい呆れたような目で見られているけど、天族の話はマジでそんなに詳しくないんだからルシファーに聞くしかない。


全能の光ルシフェル

「……それは、2つ目のグリモアですか?」


 ルシファーを起こす為に全能の光ルシフェルを使ったら、アイビーに滅茶苦茶警戒されてしまった。まぁ、自分と似たような翼を出現させるグリモアって時点で警戒するだろうし、そもそも2つ目のグリモアだし……光を発するこれはアイビーの死の翼サリエルにとって天敵にも近いグリモアだからな。


「おい、無視してんなよ」

「何を1人で喋っているんですか? 私の質問に答えて──」

『やかましいな……陰険サリエルの相手など私はしたくないのだがな』


 陰険サリエルって……とんでもない罵倒が口から出てきたな。

 俺の身体から突如として響いてきた第三者の声に反応して、アイビーは後方に勢いよく飛びながら俺と距離を創り、死の翼サリエルをより大きく展開した。


「……おい、お前のせいで警戒されただろうが」

『知らん。陰険サリエルの魂を持つ者らしい警戒心で面白いじゃないか……まぁ、少々生意気なのでムカつきはするが』

「お前、サリエルも嫌いなの? 嫌いな奴多すぎだろ」


 ミカエル、サリエル、メタトロン、サンダルフォンか? ガブリエルには嫌われてるし……俺、なんでこんな奴を身体の中に受け入れてしまったのだろうか。

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