第132話 ミカエル

「それで、僕の所に来たと」

「そう」


 ルシファーの力を借りることでガブリエルとの会話を済ませた翌日、学園に戻ってきたエレミヤに会いに行った。俺1人で会いに来たのだが……こいつの寮の部屋滅茶苦茶綺麗だな。

 クロノス魔法騎士学園の中では、一応は貴族と平民の違いはなく平等ということになっているが、それはあくまでも関係性の問題であって貴族と平民では住んでいる寮が違う。貴族寮の部屋に入ったのは初めてだが……多分、綺麗なのはエレミヤの性格だからだな。


「それにしても、本当にグリモアの中に眠る天族と会話するなんてね」

「あぁ……俺も驚きだよ」


 正直、会話できるかどうかなんて半信半疑だったんだけど、まさかかなりしっかり受け答えできるとは思わなかった。あれはガブリエルのような力のある天族だからなのか、それなりに力を持っている天族はみんなできるのか。

 そんなことはさておき、ルシファーの言葉が本当ならばガブリエルとは違がってミカエルは既に目が覚めていると言うのだが?


「んー……それっぽい声を聞いたことはないかな。可能なら僕も顔を合わせてみたいし、色々と話してみたいかなとも思うけど」

「あー、なるほどね? ヒラルダは自分の中に同居人ができたことをあんまり不快に思っている感じもなかったし、なんならそれのお陰でもっと強くなれるかもとか言ってたけど」

「彼女らしいね」


 確かに、戦闘狂らしい。


「ルシファーの力を借りることができれば、僕の中にいるミカエルのことも引きずり出せるってこと?」

「まぁ、そうなんだけど……ルシファーが言うには、ミカエルは既に起きてるって」

「へぇ……じゃあ、僕だけでもなんとかなるのかな?」

「多分? でも、よっぽどミカエルのことが嫌いなのか、今日は一切出てこないんだよな……」


 いつもならもっとうるさく喋ってくるくせに、今日はエレミヤに会いに行くってなった時からうんともすんとも言わなくなった。やっぱり、ミカエルの仲が悪いのかな。


「ミカエルと仲が悪いのかい? 僕とテオドールとは真反対の関係だね」

「それはない。俺とお前が大親友みたいな前提で話を進めるな」


 なんでお前はそうも俺を親友みたいな扱いにしたがるのか意味がわからん。そもそも、お前なんて友達多いイケメン野郎なんだから、俺以外にいい奴なんて普通にもっといるだろ。


「お前、友達はもっといい奴にしたほうがいいぞ?」

「わかってないなぁ……僕は自分を成長させてくれる人間が好きなんだ。その点、君は僕にとって常に刺激となってくれる、そんな存在なんだから、僕にとってはかけがえのない存在なんだよ?」

「男に言われても嬉しくないぞ」

「女に生まれてくるんだったかな」


 気色悪いこと言うな!


 はぁ……こいつ喋ってると疲れて来るのに、不思議と同い年の男と喋っているから楽しいんだよな。なんというか……とにかく学生ってこういう感じが楽しいんだよな、みたいな。


「さっきから君と喋りながら色々と頑張っているんだけど、中々答えてくれないね」

「やっぱり、ヒラルダにやったみたいに直接魔力を送り込んでみるか?」

「そうしようか」


 人間は成功体験を否定できない生き物だ、みたいなのをどっかで聞いたことがあるけど……今は成功体験に乗っかって、エレミヤの肩に手を置いてルシファーから教えてもらった魔力の波動を送ってみる。

 ルシファーの魔力を思い出して再現しようと思った瞬間に、エレミヤの背後に途轍もない気配を感じて手を離す。感じ取った気配は……なんとなく厳かな裁判所を思わせる雰囲気。


「人間の物事には直接関わらないようにしよう……そう思っていたのだがな」

「……ミカエル、なのかい?」

「どうみてもそうだな」

「如何にも、私がミカエルだ」


 天秤の意匠が施されたローブを身に着けた、スラっとした男。背後には3対6枚の神々しい翼が広がり、その優しそうな萌黄色の目はこちらを品定めするような目つきだ。


「実体化、できるのか」

「ルシファーだってできるだろう? まぁ……そもそも彼女の場合は魂を同化させている訳ではないのだけれど」

「……俺の中のルシファー、なんとも言わないんだけど?」

「私と彼女は、それはもう仲が悪くてね。事あるごとに口喧嘩になったし、私は何度も彼女に殴られたよ……顔がいいから余計にムカつくと言われてね」


 あー……なんとなくわかるわ。

 エレミヤが女にモテる感じのイケメンタイプで、普通に羨ましいから死ねって思うんだけど、ミカエルは美術的な美しさを感じるイケメンタイプだ。羨ましいとか思う前に、美しいとすら思えるほどの造形美……神が生み出した芸術品って感じの表現が似合う。

 瞳と同じ、萌黄色の髪を揺らしながらミカエルは俺の前に立つ。


「私はエレミヤの中から全てを見ていたけど……想像以上に君は不思議な人間ね、テオドール・アンセム。ルシファーが気に入るのもわかるというものだ」


 この目は、俺の中にある白と黒の魂とやらに気が付いているな。ある程度以上の力を持った天族になると、俺の魂の在り方が理解できるのか……それともルシファーとミカエルが特別なのか。


「君とエレミヤが私を呼び出した理由はなんとなくわかっているよ。私たちの不始末……クラディウスのことだろう?」

「不始末って」

「本当のことさ。私たちがしっかりとあれを殺し切れなかったから……後の世までこうして面倒ごとが続いている。あの時……私たちがサンダルフォンの警告を無視していなければ、なんとかなっていたのかもしれない」


 サンダルフォンの、警告?


「アザゼルたちが不満を溜め込み、私たちと敵対する直前にサンダルフォンは私たちに警告してくれたんだよ。このまま行けば……天族は種族として立ち行かなくなり、あの蛇は倒されることなく世界に放たれると……そして、それは本当のことになった。アザゼルたちを堕落した天族だと決めつけ、私たちは愚かにも同種で争い、血で血を洗った」


 泥沼の戦争か……まぁ、人間にもよくある話だが、天族のスケールでやるととんでもないことだろうな。


「結果論でしかないのかもしれないが、サンダルフォンの言っていたことは正しかった。私たちはまともにクラディウスと戦う力を失い、後世の人間たちにまで迷惑をかけている」

「でも、そのクラディウスを生み出したのだって人間なんだから自業自得じゃないか?」

「それも、私たち天族と魔族が追い詰めたからだろう?」


 うーん、やっぱり責任の所在なんてぐるぐると回るもんだな……埒が明かないわ。

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