第130話 ガブリエル

 人目が無い場所までやってきて、再びヒラルダの海の槍ガブリエルを見せてもらう。とは言え、俺にできることはないし……本当にルシファー頼りになるんだが。


「ふむ……意識は残っていそうだが、私のように表に顕現することはできなさそうだな」

「そもそも、なんでお前は魂の状態から簡単に表に出てこれるんだよ……おかしいだろ」

「馬鹿め。私をそこら辺の天族と一緒にするな……私は自らの身体を魔力で再構成することなど訳ないことだが、普通の天族にそんなことはできん」


 海の槍ガブリエルを展開しているヒラルダをジロジロと観察しているルシファーは、尊大な態度を崩さずに俺の質問に答えてくれる。

 なんだかんだ言って、こいつは他の天族と違うってのは事実なんだな。魂だけの状態から身体を再構成して表に飛び出すことができるのは、相応の力を持った天族ならできるものかと思っていたが……本当にルシファーにしかできないとは。そもそも、他の天族たちが人間と魂を同化させて生き永らえようとしているのに、普通に天族として生きている時点でおかしいんだけども。


「……その翼、さっきテオドールが使っていた」

「ん? あぁ……奴の翼は私の力を借りたものにすぎない」

「天族……詳しい話なんてなにも聞いてないんだけど?」


 う……説明するの面倒くさくて、エリッサ姫とエレミヤにしか説明していないんだよな。と言うか、シンバ王朝遺跡に行ってから判明した事実が多すぎて、中々話すのが面倒ってのもあってな。

 とにかく、今は七大天族であるガブリエルの話だ。


「…………ちっ、そういうことか」


 しばらく黙ったまま海の槍ガブリエルに触れていたルシファーは、唐突に舌打ちをしたと思ったらイラついた様子で乱雑に俺の身体の中に戻った。


『ガブリエルの意識は残っているようだが、声を届けるには人間があまりにも天族と違いすぎるのが問題のようだな。天族が肉体を魔力で構成している生き物なのに対し、人間が肉体をしっかりとした実体で持っているのが原因か……あれから数千年間、お前たちは何をしていたんだと言いたいぐらいだが』

「ん? じゃあ、天族が魂の持ち主と喋ることは不可能なのか?」

『方法はある。強制的に、人間の肉体に適応させればいい……もっとも、それをすると二度と天族は自らの肉体を手に入れることはできなくなるかもしれないが、元々自らの身体を魔力で再構成することもできない存在なのだから、問題はないだろう』


 問題だらけだろ。

 簡単に話を纏めると、天族は人間と魂を同一のものとしながらも、きっかけさえあれば自らが表に出ることができるようにしてある。しかし、逆にそれが原因で人間と会話することが不可能になっていると?


『テオドール、私の言う通りに魔力をガブリエルに送ってみろ』

「そんなことできるのか?」

『いいからやれ』


 へいへい。

 俺はヒラルダに近づいて肩に手を置く。


『この魔力だ……この魔力の波長を真似して、送ってみろ』

「……こうか?」

『もう少し強くしろ』


 ルシファーが俺の身体の中で勝手に魔力を生み出しているが……そのおかげでどんな魔力を生み出して欲しいのかがすぐにわかったので、再現して手のひらからヒラルダの身体に送り込む。なんというか……グリモアを引きずり出す時に近い魔力だな。


『……もっと強くだ』

「ん……ちょっと、温かい?」


 言われた通りに更に強く魔力を送り込むと、ヒラルダは温かさを感じたらしい。直後、俺はヒラルダの身体から弾かれるような形で後ろに転がった。

 急なことだったので受け身を取ることもできずに芝生の上をゴロゴロと転がった訳だが、すぐに起き上がってヒラルダの方に視線を向けると、驚いた顔のヒラルダが突っ立っていた。


『この感覚、ルシファーですか。相も変わらず、不躾で相手の事情を一切考えない魔力の流れ……不快だから私の目の前に二度と現れるなと、そう言ったはずですが?』


 ヒラルダの口が動いているのに、声帯から声が出ていない。ヒラルダ自身も勝手に口が動いているのか、何度も瞬きしながら自分の喉を触っている。

 聞こえてくるのは、何故か水の流れを想像させる綺麗な声。しかし、その美しい声に乗って出てくる言葉は、まるで荒れ狂う大河の様な怒りを感じさせる。


『ふ……私が貴様如きの話を聞き入れると思ったのか? 七大天族如きが偉そうに……第一位セラフの長に対して不敬だな』

『は? メタトロンに捕まって幽閉された時点で、第一位セラフの長はミカエルが引き継いでいるから、貴女はただの囚人よ。囚人が偉そうに第一位セラフの天族である私に口答えしないで』


 おいおい……喋っているのは、間違いなくヒラルダの魂で眠っていたガブリエルなんだろうが、あまりにも嫌われすぎだろ。二度と目の前に現れるなって、何やったらそんなこと言われるんだよ。


『それに、あれだけ傲慢で自分が最強であると吹聴していた癖に、今は私たちと同じように人間の魂と同一化しているとは……大言壮語は卒業したらどうかしら?』

「誰がお前たちと同じなど言った。私はこの男が気に入ったから、こうして傍にいるだけのこと……お前たちのように魂を同一化しなければ生き残れなかった弱輩と同じにするな」

「おい、勝手に出てくるなって言っただろ。そんでもって、やっぱりお前煽り耐性低すぎるだろ」


 ちょっと煽られただけですぐに俺の身体の中から飛び出してくるの、なんとかならないの? 俺の身体、フリーパスで出たり入ったりしやがって……再入場制限かけるぞ。


『……自らの肉体を再構成した? そんなことができるはずが』

「できるから、こうして姿を晒している。無様だな、ガブリエル……私はこうして肉体を持っていると言うのに、お前は魂のままか」

「はいはい、お前が喋ると長くなるからちょっと引っ込んでろ」

「なっ!? それでも私の契約者か!?」


 だって毎回長いじゃん、お前の話。そして、同郷奴を相手にすると煽りまくって今まで以上に長くなるのは目に見えている訳だから、余計にお前になんて任せてられないよ。


「で、ガブリエルさん、でいいのかな?」

『……ルシファーの契約者、私になんの用ですか?』


 ルシファーの契約者って文言だけでものすごい好感度マイナスからスタートしてるんですけど、デバフきつすぎませんかね?


「色々と聞きたいことがあって、無理やり起こしたのは謝るんで……ちょっとお話聞かせてもらえませんか?」

ルシファーあれと契約しているにしては、少しはまともそうですね。いいでしょう……どちらにせよ、貴方がこうして無理やりにでも引きずり出していなければ、会話することはできなかったのですから』


 おぉ……なんだ、普通に会話すれば普通に喋ってくれるじゃん。人間如きが不敬な的なこと言われると思ったんだけど、これなら話が早くて助かるな。

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