第128話 曲芸

「手加減はいらない」

「するつもりないけどな」


 決闘を申し込まれた場所から一番近い場所には屋内訓練場もあったのだが、教師から提案されたその場所を断り、俺とヒラルダは屋外訓練場を選択した。困惑した様子の教師だったが……理由なんて決闘を見ていればわかる。

 ヒラルダは手加減するなと言ってきたが、彼女のグリモアである海の槍ガブリエルは手加減しながらなんとかできるほど甘くはない。必然的に、俺も本気を出すことになるだろう……まぁ、奥の手は出さないけど。


「では、2年序列3位ヒラルダ・ミエシスと2年序列2位テオドール・アンセムの決闘を始める。互いに正々堂々と、騎士の誇りを忘れぬように」


 立会人兼審判役の教師が、なんか言っているが……俺とヒラルダの決闘で正々堂々と騎士の誇りとかもはや関係ない。最後まで立っていた方が勝者で、立ち上がれなくなった方が敗者だ。


「始め!」

海の槍ガブリエル

偽典ヤルダバオト


 開始の合図と共に、ヒラルダの海の槍ガブリエルと俺の偽典ヤルダバオトが激突する。ヒラルダの性格からして、勝負は一気に決めたがるものだと予想して初手にグリモアを展開したが、予想通りに海の槍ガブリエルを最大出力で放ってきた。

 ヒラルダのグリモアである海の槍ガブリエルは、彼女の白黒はっきりとした性格に似合った攻撃と防御がはっきりしているグリモアだ。グリモアの形は水の塊であり、それを自在に変形させながら武器にしたり盾にしたりできる。

 以前のヒラルダの戦い方と言えば、その攻防一体のグリモアを攻撃一辺倒にして本人も手に持っている槍で攻撃してくるって感じだったんだが、初手で水球を槍に変形させて自分の手で握って攻撃してきた。


「戦い方、変わったか?」

「手数があればいいって訳じゃないことを、知ったの」

「間違いない」


 海の槍ガブリエルで生成した水の槍を自動で攻撃させながら、自分も苛烈な攻撃を仕掛けていたヒラルダだが、今の彼女は……必殺の時を待って一撃で決めてこようとする研ぎ澄まされた殺意を感じる。

 偽典ヤルダバオトでなんとかヒラルダの突きを弾きながら、どうやって攻略しようかと考えていると、ヒラルダは1歩下がって魔法を発動した。展開された魔法陣からすぐさまその効果を読み取ると……それは水を発生させる魔法だった。


「は?」


 水を放出する魔法……それは、子供がよく遊びで使っている水鉄砲の魔法の上位互換。生活魔法として、一般市民が水を出すときに使用する攻撃目的では全く使えない魔法。

 そんな馬鹿みたいな魔法を見せられても、俺は困惑することしかできないのだが……ヒラルダはそれを有効な手段にできるグリモアがある。


海の槍ガブリエル!」

「嘘だろっ!?」


 海の槍ガブリエルは、発現した際に出現する水球を操って戦うグリモアだったはずだが……まさかなんて聞いてないぞ!


『馬鹿だな……ガブリエルは水ならばなんでも操ることができる……グリモアとして水を展開するのはその一部にすぎない』


 そういうことはもっと早く教えてもらえませんかねぇ!?

 ただの生活魔法であるはずの水を放出するだけの魔法が、全て凶器になりえるなんてどんな悪夢だ。しかも、ヒラルダは魔法使いとしても優秀なせいで、一般市民がチョロチョロと水を出す魔法を、まるで消防車のホースから出る水のような勢いと量だ。なんとかそれを避けても、地面に当たって染み込む前に空中で停止して……どんどんと上空に溜まっている。


『面白いな……ガブリエルはその場にある川や雨を利用して攻撃していたが、人間が生活の為に生み出した魔法と組み合わせることでこうも凶悪になるとは。中々、人間の知恵も侮れないものだな』

「なんでちょっと嬉しそうなんだよっ!?」

「戦闘中にお喋りなんて、余裕があるようで羨ましいわ!」


 ヤバいって……ヒラルダが普通の槍を持たなくなったのは、片手で海の槍ガブリエルを操りつつ、もう片方の手で水を放出するためか。海の槍ガブリエルだけだったら、偽典ヤルダバオトの魔力吸収能力を使うことで完封できるんだが、こうも水を次から次へと大量に放出されるとそれも追いつかない。かと言って、水を放置したまま突っ込めば、避ける場所もなくなってやられる。


『ふふふ……私の翼を使え』

「断る!」

『だが、迷っている暇はないぞ?』


 くそったれ……確かに、平面であの水を避け続けるのはキツイものがある。全能の光ルシフェルを使って空を足場とすれば、それだけ避けることができる攻撃は増えるだろうが……常識的に考えて2つ目のグリモアを一般大衆の前で晒すのは危険すぎる。


『翼を生やして空中を歩くだけならば、魔法だと言い張ればいいだろう』

「あぁ……そうさせてもらうよ!」


 本当は使いたくないんだが、ここで負けるのはなんとなく嫌なので使ってしまえ!


全能の光ルシフェル!」

「やっと本気になったようね」


 俺の背後に12枚の光り輝く翼が出現する。いつの間にか大量に集まっていた野次馬は、俺の背後に現れた神々しい翼を見て呆気に取られているようだが、そんなの関係ないとばかりにヒラルダは更に水を放出してくる。

 翼を揺らめかせながらジャンプして、空中に立つ。


「え?」


 落ちてくる場所を予測して水の槍を放ったヒラルダは、空中に立っている俺を見て呆然としていた。ヒラルダの思考が戻る前に、俺は空中の蹴って走り出す。全能の光ルシフェルの力によって俺は飛んでいるのではなく、空を歩いているのだ。当然、走ることだって立ち止まることだってできる。

 俺の想定よりも思考が戻ってくるのが早かったヒラルダは、即座に大量の水を操りながら空中を疾走する俺へと向かって水を差し向けてくるが……俺は空を蹴ってそれを避ける。

 空に上下左右の概念は存在しない……俺は、頭を地面に向けながら空を走り、ヒラルダの水による攻撃を避ける。


『まるで曲芸師だな』

「うるさい」


 空中をぐるぐる回転しながら走っている姿は、確かに曲芸染みた動きかもしれないが……ヒラルダの想像していない動きでなければあれだけの水を避けることはできない。


「くっ!?」


 大量の水が槍や剣となって襲い掛かってくるが、自由自在な動きでそれを避けていく。時にはそのまま重力にしたがって落ちてみたり、逆に上に向かって落ちてみたり、地面と平行の状態で歩いたり、階段を上るように少しずつ上昇したり。

 想像できない動きと言うのは、捉えることができない動きと同じだ。俺が狙っているのは……攻撃が当たらないことに焦ったヒラルダの隙だけ。


「……見えたっ!」

「しまった!?」


 攻撃が当たらないことに業を煮やしたヒラルダが、自身の周囲に展開していた水の全てを使って面の攻撃をしようとした瞬間に、空中を蹴って真下にいるヒラルダに向かって加速する。どれだけ大量の水を操れようとも、速度は大したことない。一瞬の隙に接近して、偽典ヤルダバオトを振るった。

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