第124話 堅牢な盾

「君は、とても素晴らしい魔法騎士になるだろうね! 2年生でこんな実力を持っている生徒は、初めて見る。僕はそこまで強くなかったよ……ただ、守れるだけの力があっただけで」


 喋りながら、アルス先輩は万人の盾ザフキエルで俺の攻撃を防いでくる。牽制目的に放った魔法も、目くらましで放った魔法も、普通に殺す気だった斬撃も、全てが盾に吸い込まれるように防がれていく。

 万人の盾ザフキエルの能力はシンプルで、ただの壊れない盾。グリモアだから自分の内側から出し入れできて、遠征する時なんかに荷物にならないとかそういう細かいメリットは存在するだろうが、それ以外の能力は存在しない。つまり、俺の攻撃が全て防がれているのは、全部アルス先輩の実力ってことだ。

 アッシュの柔剣術とはまた違い、受け特化の戦い方。俺の攻撃を全て防御してからゆっくりと反撃してくる……横綱相撲とでも言えばいいのか、とにかく攻撃してくるこっちが腹立ってくるぐらい防御が固い。


「君は何を目指してそんな強さを手に入れたのかな? 君は将来、どうしたい? 魔法騎士を目指している訳じゃないのは、君の剣を受ければわかる」


 炎、氷、雷、水、土、風、闇、光、爆発、魔法剣、全てを適切に対処されて弾かれてしまう。万人の盾ザフキエルが強いのではなく、アルス先輩が強いのだ。

 ここまで戦っていて面倒くさいと思える相手は初めてだ……色んな意味で。


「魔法騎士の先達として、クロノス魔法騎士学園の先輩として……僕が君の悩みを聞いてあげられたらいいんだけどね。生徒会長って役割は終わったけれど、案外僕にはあの立場が合っていたのかもしれない」


 周囲で手を止めて俺たちの戦い見つめている者も多い。普段なら絶対に注意されるところなんだろうが、教官も一緒になって手を止めて呆然と俺とアルス先輩の戦いを見つめているから、結局誰もが手を止めてしまっている。

 あまりにも防御が固いので、俺が速度を上げて背後を取ろうとしても、アルス先輩は普通に反応して防いでくる。


「過去に何度もいたよ。防がれるのならば速度で対応してしまえばいいって思うような敵は……でも、それは逆に狙いがすぐにわかるってことでもあると思うんだ」


 どんな生物にとっても共通の急所である首の後ろなんて、流石に狙いが露骨すぎたか。しかし、あれだけの速度で動きながらしっかりと反応してくるとは……元学園最強の名前は伊達じゃないな。なにより、この戦い方は横綱相撲……戦った相手の心をへし折るようなものだな。もし、自分の全てをかけてもこの盾を崩せなかったらと思うと……それだけで心折れていった人間たちの数が想像できるというものだ。


「それにしても、君は多彩な技を持っているね……魔法も高水準、なんて言葉じゃ表すことができない。僕はこう見えて魔法が苦手でね……少し君の才能が羨ましいよ。魔法騎士としてはしっかりと両方を使えるようにならないといけないんだろうけど……どうにも上手くいかなくて、教官に何時間も付き合ってもらったよ」


 ちょっと奇抜な魔法を使っても見ても、初見の技を平然と防御してくる。万人の盾が持つ絶対的な防御力を過信しないが、過小評価もしていない戦い方。防げるものは防いで、避けた方がいい攻撃はきちんと避ける。そこら辺の状況判断能力がずば抜けている。


「君は、本気を出せばエレミヤ・フリスベルグを追い抜いて序列1位になることだってできるし、本気を出せば3年生を全員蹴散らして学園最強の名をほしいままにして、学園の生徒会長として好きにできる力を持っているのに……何故、それをしないのかわからない」


 あの異常な防御力……正攻法で突破するのはまず不可能だ。だからと言って、搦め手なんか使おうとしても、本体であるアルス先輩がしっかりと見極めてくるから引っかかってくれない。真正面からあの盾を打ち破ることは不可能なのに、背後から攻撃することも不可能ならどうやって倒すんだよ。

 偽典ヤルダバオトを使えば……もしかしたら堅牢な守りを突破することはできるかもしれない。魔力を吸収して切れ味を上げる偽典ならば、もしかしたらグリモアそのものの魔力を吸収することで万人の盾を両断できる可能性もある。ただ……それをやったら確実に相手を殺す自信がある。偽典は、それだけ殺傷能力の高い力だ。


「……手を隠しているね」


 原典デミウルゴス全能の光ルシフェルは話にならない。なにせ、こんな授業の模擬戦で見せるものじゃないから。原典の力を使えば、確かに万人の盾を突破する武器を生み出すことはできるかもしれないし、全能の光を使えばそれこそ一発でケリが付くぐらいの力はある。ただし……それは自分の手の内を周囲に晒すことになる。仲間に見せるだけならまだしも、こうも野次馬が多い場所だとな。


「さぁ、どうする……テオドール・アンセム」

「さっきから」

「ん?」

「ずっと喋ってますけど……ちょっと黙ってもらってもいいですか、うるさいんで」


 マジで。


「これは申し訳ない……君と戦えると思ったら少しだけ興奮して──」

「それとも、負けた時の言い訳にしますか?」

「──上等っ!」


 こちらの挑発に乗って、アルス先輩が踏み込んできた。万人の盾は圧倒的な防御力を持った絶対の盾……ただし、その盾を持っている人間は絶対な存在ではない。

 俺は訓練用に刃を潰されている剣に大量の魔力を込めて……万人の盾に向かって振るった。最初から盾を狙った攻撃にアルス先輩は面食らったようだが、斬撃を受け止めた瞬間に顔を歪ませた。


「くっ!?」

「盾は無事でも、貴方は無事とは限らないでしょう」


 俺が放った攻撃は、単純に重い一撃。つまり……盾の上から向こう側にいるアルス先輩を殴っただけのことだ。

 アルス先輩は騎士として物凄く模範的な戦い方をしている……と言う訳ではない。クーリア王国において模範的な騎士の戦い方とは、片手に剣を持ち、片手をフリーにして魔法を放つことだからだ。アルス先輩は片手に剣を、もう片手に盾を構えて戦う異端の存在なのだが……それにしては型が綺麗すぎるのが弱点。彼は必ず、盾で攻撃を防ぐときに自分の身体の中心付近に盾を持ってきて、全身で受け止める。だから……重い一撃を叩き込めばその攻撃は防げても、衝撃はアルス先輩の胸に刺さる。

 何回も同じように防がれるのを見たんだ……癖なんてものは猿でも理解できる。

 想定外の攻撃を防いだアルス先輩は、勢いを殺しきれずに野次馬の横を通り抜けて吹き飛んで行った。

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