第123話 万人の盾
集団で行動していると、なんだか安心してしまうのは生物としての性なのか。
1年間の基礎的な技術などの勉強が終わったクロノス魔法騎士学園の魔法騎士科の授業は、2年目に入って本格的なものに変わっていく。それは、実戦形式での戦闘訓練の積み重ねである。
魔法騎士として強くなるには、ひたすらに実戦経験を積むしかないという身も蓋もない話を、学園が一丸となってやっているのがこの教育カリキュラムというものだ。じゃあ魔法騎士としてどんな実戦を積むのかと言えば、以前のように山賊退治をすることもあれが、基本的には先達の人間と剣を交えることである。即ち……第3師団の新人たちとの手合わせだ。
「だからって、1日ひたすら戦い続けるようになるなんてな」
「魔法騎士として活動するには、それぐらいの体力が必要ってことさ」
現在、ちょっと休憩中の俺とエレミヤは、ひたすらに剣を交えている生徒と魔法騎士たちをぼーっと眺めながら水分補給をしていた。
魔法騎士団に入団する前から噂になるぐらいの強さを持った人なんかは、最初から第1師団なんかに入ったりするらしいが、基本的には第3師団に入団する新人が多い。何故ならば、普段からこうしてクロノス魔法騎士学園の生徒と訓練が沢山できるから。
「……感動の卒業式をして旅立っていった先輩たちが、普通に目の前で出てきて訓練相手になるとか、普通に笑えるよな」
「あはは……確かに、ちょっと気恥ずかしそうな先輩もいたね」
そうじゃない?
確かに卒業式から半年ぐらい時間が経っているとはいえ、今生の別れぐらいに泣いていた人とかが、普通にクロノス魔法騎士学園にやってきて知り合いと実戦訓練だぞ? 俺が泣いた側の人間だったら、絶対に気まずい。
『……人間の力も随分と落ちたものだな。以前ならば多少なりとも力を扱えるものがいたものだが』
「お前はそればっかりだな……逆に昔に生きてた連中が強すぎたんだろ」
『馬鹿を言うな。クラウディウスが消えてもいないのに、平和ボケとはアホでしかないだろう』
まぁ……でも、そもそも終末の竜なんてものを知っている人間が少ないしな。そこら辺は、仕方ないって部分もあるのかもしれないし。
『ここから少し見ただけでも、まともに力を扱えていそうなのはガブリエルとサリエルの女、そしてお前の横にいるミカエルだけだな』
「それは誉め言葉なのかな?」
「そうなんじゃない? こいつが人のこと認めるとかすごい稀だよ」
『馬鹿め……認めたのではなく、まともに力を扱えていると言っただけだ。武器に振り回されていないだけで、達人になった訳ではあるまい』
そんなもんか……
「俺は?」
『お前のは人間が持つ天族のグリモアではなく、魔族の持つグリモアの方が近いだろう』
「え、俺魔族なの?」
「興味深いね……君のグリモアの話」
あー……エリクシラには普通にバレたけど、エレミヤにはまだバレてないんだよな。俺にとっては本当の切り札だからあんまり話したくないってのはあるが、エリクシラの時のように、あまり仲間に隠し事をするのも嫌だなって気持ちもある。少なくとも、こんな雑談中に告げることではないが。
「よし、休憩組は休憩終了! それと、ここからは魔法も交えて戦うように。ただし、魔法の方はあまりにも威力が高いものは使わないように」
おぉ、魔法剣術を使ってもいいってことは本物の実戦形式だな。剣は刃を潰した訓練用のものだけど、形としてはかなり実戦に近いわけだ。
「やぁ、相手してくれるかな?」
「ん?」
まさか魔法騎士の方から声を掛けられるとは思わなかったので、ちょっと驚いた。こういうのって普通に持ち回りで後輩である生徒たちの攻撃を受け止める役でしょ。振り向いた先に立っていたのは……紫髪のいけ好かないイケメン。
「……アルス先輩?」
「覚えていてくれたんだね。久しぶりだね、テオドール・アンセム君」
この人は、前生徒会長のアルス・クーゲル、だよな。
クーゲル侯爵家の次期当主なのに、普通に魔法騎士になってるのかな。いや、実際に魔法騎士の経験を積んでから貴族家の当主になる人は多いらしいけど、生徒会長にまでなるような実力者なのに、今更魔法騎士になる必要はあるのだろうか。
まぁ……どちらにせよ、元学園最強の魔法騎士と戦えるのであればなんでも歓迎だ。
「教官、グリモアの使用許可を」
「……本気か?」
「えぇ……相手はそれだけの騎士ですので」
アルス先輩が教官に許可を求めたことで、周囲もざわついている。教官は少し困惑した表情で俺のことをチラリと見て、納得したという顔で頷いて許可を出した。おい、なんで俺の顔を見て納得したんだよ。
「よかった……君がリエスター師団長のお墨付きだから、許可が出たんだね」
あ、あの人のせいか……まぁ、確かにあの人ならそういうこと部下に平然と言う。テオドール・アンセム相手には本気になってもいいって、そういうこと平然とな。
「じゃあ、いい勝負しよう」
「あー……俺のグリモア、殺傷能力高いからあんまり使いたくないんですけど」
「いいよ。使わないと負けるってところまで追いつめて、無理やり使わせてあげるから」
大した自信だ……流石は元学園最強だな。
いつの間にか、周囲の生徒と魔法騎士たちも手を止めて、俺とアルス先輩の行動を見守っている。なんで観戦みたいになっているのか知らないが……今は授業中なのでそれなりに真剣にやろうか。
『こいつ……くくく、油断しないことだな、テオドール』
ルシファーの愉快そうな声とほぼ同時に、アルス先輩が剣を片手に突っ込んできた。両手でしっかりと構えた訓練用の鉄剣でその攻撃を受け止めた瞬間に、俺は彼の戦闘スタイルを理解した。
「盾か!」
「その通りだよ。さぁ『
剣を片手で安定して振れる人間は、基本的にもう片方の手で何かをすることが多い。そして、俺はアルス先輩の重心の変化と足運びから、その左手に持つものが盾であることを理解した。同時に、アルス先輩はグリモア
「ちっ!?」
万人の盾に鉄剣がぶつかった感触は、初めて味わうものだった。なんというか……あまりにも硬すぎて通る気がしないというか、突破口がわからないみたいな。だが、それを突破する方法を考えるのも、また面白い!
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