第122話 魔族のグリモア

「ちょ、ちょとぉっ!? 止めなさいよっ!? 飼い主なんでしょ!?」

「いや、居候かな……そして飼われてるのはお前なんだよ」


 急に俺の背後から現れたルシファーが、ヴァネッサを追いかけてひたすらドンパチしている。明らかに手加減しているようだし、そのまま放置しても問題ないと思うけど……多分、ルシファーにだって何かしらの目的があるんだと思う。流石に、ムカついただけで飛び出してこないよね?

 12枚の翼を広げて空を飛ぶルシファーは、同じく空を逃げ回っているヴァネッサを追いかけながら光る細いものを飛ばしている。矢のような形をしているから、矢ってことにしておこう。


「そら、貴様のその薄汚い魂を見せてみろ!」

「なんなのよこいつ!?」


 自分が手加減されていることに気が付いているのか、ヴァネッサは滅茶苦茶怒った感じで反撃の魔法を放った。炎の塊を手のひらから放ったヴァネッサに対して、ルシファーは避けることもせずに普通に直撃しているが……全く効いていない。


「はぁっ!?」

「何を驚くことがある。我々天族の肉体は魔力で構成されたもの……私の肉体を構成している魔力の密度を超える魔法でなければ、傷をつけられないのは自明の理」

「全くわからないわよ」

「そうか、なら死ね」

「ちょっ!?」


 ふむ……ルシファーが俺の身体から出ていった訳だが、この状態で俺は全能の光ルシフェルを使うことができるのだろうか。背中に意識を集中させてグリモアを発動させると……12枚の羽根がしっかりと展開された。


「……ん?」


 ルシファーが身体から飛び出していったのに、俺の肉体にはまだ全能の光ルシフェルが残っているのか? じゃあ、あの飛び出して戦っているルシファーは別物?


「何をしている?」

「え? あぁ……飛び出してったから俺は使えないのかなーとか思って」

「馬鹿か? 私が飛び出したところで、お前に預けた力が消えることはない。お前の魂がこの世界でしっかりと転生するのかは知らんが……これから先、お前の魂を持つ者はこのルシファーの力を受け継ぐことになるのだ」


 それ、人の魂を勝手に改竄してるって言わないかなぁ!?

 なんてこった……人の身体の中に入ってきただけじゃなくて、俺の魂を勝手に改竄したってことかよ。でも、他のグリモアだって持ち主が死んだら、そのまま魂ごと転生するみたいなこと言ってたな……それって、俺が死んだとしても、その魂を受け継いで生まれ変わる人間が出てくるってことだよな。え、じゃあ俺の来世はどんな奴かわからないけど全能の光ルシフェル原典デミウルゴスを持って生まれるってこと?


「最強じゃん」

「当たり前だ、私は最強だからな」


 お前じゃねぇよ。


「ん? ヴァネッサは?」

「あそこに落ちている」


 あ、あっさり墜落させられてる。ヴァネッサの羽根に光の矢が大量に刺さっているので、あれであっさり落とされたのだろう。なんというか……無惨な姿だ。


「やれやれ……現代の魔族がどうなっているのか気になったのだが、全く話ならないな」

「逆に聞くけど、そのクラディウスが生まれた時代の魔族だったらお前と張り合えるような奴がいたのかよ」

「いる訳がないだろう? なにせ私は」

「はいはい、最強最強」


 それしか言えないのかこいつは。


「魔族の癖にグリモアもまともに使えんとはな」

「……それなんだが、そもそも天族が人間の魂と同化したから、人間はグリモアが使えるようになったわけだろ? 魔族はどうやってグリモアを発動しているんだ?」

「ふむ……そもそも、人間の扱うグリモアと魔族の扱うグリモアは性質こそ似ているが全くの別物だ」


 だろうね。


「我々天族が人間の魂と同化した時、その力を残すために魔族のグリモアを参考にしたのだから、どちらかと言えば魔族のグリモアこそが原初だな」


 あ、そういうことか。天族はルシファーの話を聞く限りでは、それぞれが特別な力を持っていた訳だから、魔族だって同じように特別な力を持っていたんだろう。そして、天族はその力を人間に引き継がせるために魔族のグリモアを真似たと。


「魔族の扱うグリモアは己の種族、その根幹に存在する力を呼び覚ます能力だ」

「……つまり?」

「あそこで倒れている小娘はゲルズ族だろう? ならば、ゲルズの始祖の力をグリモアとして持っているはずだが……あれでは魔族の長い一生をかけても呼び覚ますことなどできんな」


 なるほど、完璧にはわからん。ただ、ヴァネッサが本来ならば強力な悪魔の力を持っていて、その力を解放することができれば魔族の名に相応しい力を発揮することができるってのは理解した。


「と言うか、そんなこと知ってるなら最初から教えろよ」

「なんでもかんでも教えてもらって、与えられた知識で満足か?」

「人間社会には一切残ってない情報とか、自力で調べる方法がないんだよ!」


 そりゃあ、自分で調べることができる範囲のことは自分で調べたいけど、そもそも文献にも残ってないクラディウスが生まれた話とか、魔族の過去とか調べてもわかる訳ないんだからしょうがないだろ!?


「人間の一生は短いからな。遺すことができる情報も少ないと言う訳か……何故こんな欠陥生物を神は作り出したのか」

「俺からすると、長大な寿命に尊大な態度のお前の方が欠陥生物に見えるけどな」

「この私が? 死ぬことのない肉体、完成された力、全てが完璧な理想の生物だろう」


 社会性と倫理観を失ってるからあんまり理想とは……いや、社会性と倫理観はあくまでも人間が思い浮かべる理想の姿であって、生物としてはとにかく強くて死なないことが理想か。


「あっー!? 復活!」

「……さっきの話、聞こえてた?」

「聞こえてたわよ……私の中にアスタロト様の力が眠ってるですって?」


 アスタロト様?


「私の種族……ゲルズ族に生まれた者が必ず教えられる言い伝えよ。本当に自分が死にそうになった時には、始祖であるアスタロト様が力を貸してくださるって」

「それがグリモアのことなんじゃないのか?」

「知らないわよ……そもそも、魔族でグリモアを扱える奴なんて本当に少ないんだから」


 人間でも使える奴、滅茶苦茶少ないけどな。


『そんなことだから、人間と真正面から戦争したぐらいで滅びかけるのだ。全く……かつて世界を二分していた天族と魔族の現状がこれとは……嘆かわしいことだな』


 しれっと人の身体の中に戻るな。

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