第121話 あまりにも短気

「ふぅ……はぁっ!」

「……それで?」

「具体的にクラディウスに対するなにかがある訳ではないが、あれが人間の手によって生まれた存在で、超常的な存在でないことがわかっただけでもマシだろう」

「確かにね」


 俺とエレミヤが戦った衝撃で粉砕された野外演習場がいつの間にか直っていた。多分、魔法を使って直したんだろうけど……生活魔法に関してはマジで知識が薄いのでちょっと興味湧いてきたな。

 野外演習場でひたすら汗を流しながら魔力を放出して気合を入れているのは、エリッサ姫、アッシュ、ニーナの3人。どこから聞きつけたのか、エリッサ姫にグリモアが眠っていると告げたのが俺だと知られ、アッシュとニーナが凄い顔してやってきたのだ。しかし、俺の中にいるルシファーは完全無視でうんともすんとも言わないので、結果的に3人でひたすら魔力を放出している。

 ベンチに座ってそれを眺めながら、エレミヤにシンバ王朝遺跡であったことを話し、これからのことを考えていた。


「世界の法則として、クラディウスが人類を滅ぼすことが決定している存在とかだったら、マジで勝ち目なんてなかったけど、人間から生み出された生物であるのならば殺す手段は存在しているはずだ……多分!」

「そう信じたいね……それにしても、天族か」

「聞いたことないか?」


 魔族の存在を人間たちが知っているのは、1000年前に戦争をしたからだろう。しかし、天族の存在が何処にも残っていないと言うのは、不思議な話だ。


「でも、クラディウスが生まれたが遥か昔の話で、天族とやらが人間の魂と同化したのも遥か昔のことなんだろう?」

「らしい」


 天族はなんらかの理由で種族消滅の危機に晒され、それを避けるために人間の魂と同化した。同化した人間が死んだとしても、魂は他の人間へと引き継がれる……そうして、天族は人間と寄り添うことで生きて……生きているって言えるのか?


「普通に考えるのなら、天族が存在していたことを知っている人間も、全てクラディウスによって滅ぼされたとか?」

「……口伝とかでも残るだろ」

「文明はクラディウスの影響で何度も滅びしているんだ。口伝だって、途中で中身が歪んだりするものだろう?」


 それはそれとして疑問が残る部分はある。

 天族と人間が同化したのがかなり昔ならば、その遥か昔の時代から人間がグリモアを使えてもおかしくない訳だ。しかし、実際に人間がグリモアを使い始めたのは少なくともここ2000年ぐらいのはず……だってヴァネッサがそう言ってたし。


「人間がグリモアを使えるようになったのは、天族の影響だけじゃないのか?」

『人間の身体が適応したのだろうな』

「うぉっ!?」

「……これがその、ルシファーってことなのかな?」


 急に喋り始めるから、いつも俺が驚いてるんだよな……エリッサ姫にグリモアが存在することを語ってから一度も口を開いてなかった癖に、こっちの話はしっかり聞いてるんだから質が悪い。


「適応って、どういうことなのかな? しっかりと疑問には答えて欲しいな……ルシファーさん?」

『……ミカエル、貴様は何度転生しても私の神経を逆撫でするようなことばかり言う。心底不愉快だ』

「嫌われてる?」

「あー……そうなんじゃない?」


 厚顔不遜の塊みたいな女の癖に、一応苦手な相手はいるのか。いや、傲慢だからこそ不快な気分にさせてくる相手は大量にいて、それが嫌いってことなんだろう。


「黙っちゃった」

「こいつをあてにするのは辞めた方がいい。疑問に答えてくれる訳でもないからな」


 知りたいことを調べることもできない辞書みたいなもんだ。重くて持ち運び難いが、この世の全てのことが書かれている……ただし、自分の意志で開くことができないので使い物にならない、みたいな。鈍器ぐらいにしか使えないだろ、そんな辞書。


「はぁぁぁぁぁぁぁ!」

「うぉぉぉぉぉぉ!」

「たぁぁぁぁぁ!」


「……楽しそうだね」

「それ、直接言ったら絶対に怒られるぞ」


 ひたすらにグリモアを発現させようと叫んでいる3人を見て、エレミヤは笑顔で楽しそうだと言うが、絶対にキレられるから直接言わない方がいい。まぁ……そういう言ったら怒られるだろうなってことを、的確に避けてコミュニケーションするのがこのクソイケメン公爵嫡子なんだけど。


「グリモアと会話か……審判者の剣ミカエルは僕と喋ってくれるかな?」


 自身の中にあるグリモアが天族の力であることを知ったエレミヤは、真っ先に対話したいと言っていた。それは彼の正義心から来るものなのか……それとも単純な興味本位なのか。


「会話したいって気持ちは理解できるけど、身体の中に変な意識が残ってひたすら喋りかけてくるのは滅茶苦茶うざいぞ」

「経験談?」

「現在進行形でな」

『ふふ……面白いことを言うな、テオドール・アンセム』


 お前のことだよ。



 結局、その日は3人ともまともにグリモアが出てくるような気配など見せず、ただ魔力を消耗して倒れ伏しているだけだった。感覚でグリモアを生やしている俺やエレミヤのアドバイスなんて全く役に立たないと不評だったが、だからって魔力を放出するだけとか何の意味もないと思います、はい。

 倒れ伏している3人を眺めながら、夕焼けを眺めていたらヴァネッサが疲れた顔で近づいてきた。


「はぁ……私もグリモア使えるのかしら?」

「お前もかよ」


 エリッサ姫たちが発現させようとしているグリモアは人間の話であって、天族と同化している訳ではない魔族のグリモアなんて全く別物なんだから俺が知る訳ないだろ。そもそも、魔族の扱うグリモアって本当にグリモアなのか?


「ちょっと傲慢天族、私にもグリモアって使えるのかだけ教えなさいよ」

『吹けば飛ぶような魔族の言葉に何故私が答えてやらねばならんのだ……鬱陶しいから消えろ』

「はぁっ!?」

「人の腹に向かって喋りかけるな」


 そこはせめて胸にしてくれよ、なんで腹なんだよ……俺が変なもの食ったみたいになるだろうが。


「ちょっと!」

「俺を掴むな!」

「アンタの身体にいるんだからアンタを掴むに決まってるでしょ!」

「どんな理屈だよ!」

『汚らしく矮小な魔族が、まさかこの私に意見する気か?』

「上等じゃない……表出てこいや!」


 無茶言ってませんか?


『いいだろう』


 は?


「その薄汚い魂ごと、この世から消し去ってくれる」

「へ?」


 あの……なんか俺の背後から物凄く濃い魔力を感じるんですけど……もしかしてルシファーって、自由に分離できる?

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