第118話 グリモアと天族

「クラウディウスとは気が遠くなるほど昔に人類が生み出した生物、そして今も人類を苦しめ続ける原罪だ」

「ちょ、ちょっと待てよ! 人類が、生み出した?」

「そうだ」


 おいおい……壁画や古代の文書に描かれている通りの存在だとしたら、そんな怪物をどうやって人間が生み出したって言うんだよ。古代の失われた科学技術とか、そんな小さな話じゃないだろ。


「クラウディウスは元々、天族と魔族に対抗する為に人間が生み出した存在だ。当時の人間は魔力を扱うこともできず、かと言ってなにか特別な力を持っている訳でもなかった存在。世界的に見て繁殖能力が高いだけの弱者だった」


 天族と魔族……その2種族が覇権を争う世界で、野生動物のように繁殖して命を繋ぐことしかできなかった存在、と言う訳か。それが本当だとして、天族は影も形も存在せず、魔族は少数となって追いやられているのだから皮肉な話だな。


「まぁ、はっきり言って天族と魔族は人間のことを舐めていた。あんな言葉が話せるだけの屑種族なんていつしか滅びるだろう、とな」

「いや、聞いている限りは事実じゃないか?」

「だがそうはならなかった。人間は知恵を使って私たちに牙を剥いたのだ……それが、クラウディウスだ」


 えーっと……マジ?


「クラウディウスは人間の憎悪と執念が完成させたこの世の破壊装置。初めは天族と魔族を相手にしても全く勝てなかったクラウディウスだが、死んでいった人間の血肉と怨念を吸収し、徐々にその存在を強固なものへと変貌させ……そして、世界を喰らった」


 抽象的な言葉を使っているが、簡単に纏めると人間が魔族と天族に対抗する為に死体から生物を生み出して、それが人間の制御を外れてなんでも食い始めたってことだろ。とんだ迷惑なものを昔の人間は生み出してくれたものだと言いたいが、原罪とか言いながらも結局は天族と魔族に巻き込まれた結果じゃねーか。


「その誕生の地が、この大陸の東に存在するちっぽけな島だ」

「……いや、この大陸の東って魔族も人間も行ったことがないんだが?」

「なに? 魔族は元々あの島で生まれた存在だぞ?」

「知らんって」


 そもそも東に何があるのかもわかってないのに、そんなこと言われても「そうなんだー」って納得できるわけがないだろ。


「そこはどうでもいいが……とりあえず、これが私の知っているクラウディウスが生まれた経緯と、その全てだ」

「ちょっと待てよ、クラディウスには意思があったりするのか? そんでもって人間を襲う理由を教えろと俺は言ったぞ」

「そうだったな。クラウディウスが人間を襲う理由は、単純に自らを強化するためだ。奴は滅ぼした者の血肉を喰らい、そして怨念を取り込むことで更に強くなっていく。定期的に人間を襲ってくるのは、人間の数が増えた頃を考慮しているだけに過ぎない……まぁ、奴からすれば畜産業ぐらいかもしれないな」


 俺らは自分の力を増大させるための家畜でしかないってことか? とんだクソモンスターを作ってそのまま放置してくれたもんだな。


「意思があるかだが……知らん!」

「は?」

「あれとまともに相対したことはたったの3回しかないが、奴はこちらのことを一方的に嬲ることができる弱者ぐらいにしか考えていないし、そもそも家畜に対して会話が通じるか積極的に試みる奇人などそう多くないだろう」

「そりゃあ……そうかもしれないけど」


 自信満々に知らんって言われるとクッソイラつくからやめろ。


「では、クラウディウスの話はここまでだな。次に私の質問に答えて貰おう」

「……いいだろう」


 クラディウスが最後に現れてから何年経過したのかを最初に聞いてきたが、次は何を聞いてくるのか。この女が何を聞きたがるのかなんて全く予想できないんだが、俺が簡単に答えられる質問だと助かる。


「……そこのラジエルの力を持つ女」

「私ですか?」

「そうだ。お前に聞きたいのだが……ラジエルと喋ったことはあるか?」

「は? 神秘の書ラジエルと喋る? 何を言ってるんですか?」

「そうか、ならいい」


 こいつ……やはりグリモアについて何か知っている。


「質問ができた、と言う顔をしているぞ?」

「グリモアについて、詳しく教えてくれ」

「具体的には?」

「俺たち人間の間では、魂から発現する力で、その人間の魂の形そのものを表すとされているが……どうもやはり引っかかる部分がある。ヴァネッサの言うことを信じるなら、太古の人間がグリモアを持っていなかったはずだが、今の人間は万人が持っているとされている。それは、どこから現れた?」


 そもそも、本当に万人が持っているのか? 俺はそこから怪しいと思っている。


「答えよう! まず、万人がグリモアを持っているというのは本当だ!」


 そこに答えるのかよ。


「ただし、そこのラジエルの力を持つ女のように特別な名を与えられた存在は、限られている」

「名前のない力を、全員が持っている?」

「そうだ。そしてグリモアがどこから現れたのかだが……それは天族が人間と魂を同一の物とした時からだ」


 魂を……同一?


テオドールお前は別だがな」

「私の神秘の書ラジエルが、元は天族の力と言うことですか?」

「そうだ。お前の魂に宿っているのは第三位ソロネの階級を与えられた天族にして、あらゆる魔法を記録した「ラジエルの書」と呼ばれる魔導書を操った神秘の天族」


 頭痛くなってきた……つまり、人間は天族と魂が同一の存在になっている? 天族は絶滅したのではなく、のか?


「人間が魔力を扱えるのは、魂と同化した天族の力によるもの。大気中の魔素を取り込んで魔力へと変換しているのは肉体の器官ではなく、魂だ」


 はー……今までの全ての話がひっくり返るような言葉ばかり聞こえてくるな。ただ、嘘を言っているようには聞こえてない。エリクシラが持っている神秘の書ラジエルとルシファーの語ったラジエルの能力は似たようなもんだし、そこから力を得ていると考えれば納得もできる。


「発現した人間の性格から生み出された力ではなく……」

「魂がそういう性質だから人間がそういう性格に変わるのだ。因果が逆だな」


 なるほどね……肉体の器が変わろうとも、魂が同じならば性格は変わらないと。

 ん? 人間がグリモアを持っていることは理解できたが、なら何故魔族もグリモアを持っているんだ? ヴァネッサは確か、魔族にもグリモアを持つ者はいると言っていたが。


「次は私の質問だな」


 あ、ぶった切られた。


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