第117話 ルシファー

「……君、私の名前が理解できたみたいだね」

「え? そりゃあ……」


 普通に聞こえてきたからな……なんでそんな話を?


「理解できたって、あのぐちゃぐちゃな言葉を? 私にはさっぱりわからないのだけど」

「私もです。彼は、なんと言ったんですか?」

「だから繝ォ繧キ繝輔ぃ繝シに螟ゥ譌だって」

「……テオドールまで壊れたわ」


 なんで?


「ふふふ……思ったより面白い男がいるな。失礼、改めて名乗らせてもらおう。私の名前は繝ォ繧キ繝輔ぃ繝シルシファー螟ゥ譌天族だ」

「うぐっ!?」

「な、なにが……頭の中に、無理やり情報を流し込まれたみたいな」

「……あれ?」


 再び名乗ったルシファーの言葉に、ヴァネッサとエリクシラは頭を抑えて座り込んでしまった。確かに、何か違和感のある名乗りだった……なんか2回同時にルシファーって名乗られた感じだ。


「白の魂と黒の魂、2つの魂を持つ人間……中々に興味深いな。なにより、その力は私の知らぬものだ」

「その力はって……こいつのことを言っているのか?」


 ルシファーが指摘しているのは俺が羽織っているマント原典のことだと思うのだが……私の知らない力って言われても、天族とやらの名前も初めて聞いたから全くわからないんだが。

 中性的な見た目をしているのに、本能的にこいつが女だと理解できるのは何故なのだろうか。別に豊満な身体つきをしているようにも見えないのに、微塵も男だと思えない。背後が透けるんじゃないかってぐらい淡く輝く白髪は確かに長いが、それだけで女って判断するのも微妙だしな。


「それにしても魔族を連れて歩くとは……私の知らない間に、人間は魔族と和解したのか?」

「いや、全く」

「そうか、ならやはり君が変な男だと言うことだな」


 ぶん殴るぞ、コラ。


「さて……私が君に聞きたいことも大量にあるのだが、君が私に聞きたいことも大量にあるだろう。だから、私が1つ質問したら君も1つ質問する、というのはどうかな? 答えたくない質問には答えたくない、答えられないものには知らないと回答してくれ、そして──」

「何勝手に話進めてんだよ。俺は確かにお前に聞きたいことが幾つかあるが、それは別にお前をぶん殴って吐かせてもいいんだぞ」

「──人間が、私を?」

「舐めてんじゃねぇぞ」


 明らかにこちらを見下した様子で見つめてくるこの女、話を聞く前にぶん殴りたくなってくる。

 俺の言葉と同時に、ルシファーは白く大きな12枚の翼を広げ、全身から魔力を発しながら殺気を向けてきた。尋常ではない魔力と濃密な殺意に、背後のエリクシラとヴァネッサが固まって動けなくなっているが、向けられた殺気だけにビビるほど俺は小心者じゃない。


「面白い、なら少し遊ぼうか?」

「いや、いい。さっきの条件で」

「……何と言うか、私以上に好き勝手な男だな、君は」


 なんでお前に呆れたような目を向けられなきゃいけないんだよ。そもそも俺は勝手に話を1人で進めるなって言っただけで、受け入れないとは言ってないだろ。戦わずに情報が手に入るならそれがいいに決まってるだろ……ただ、舐めた態度を見せられるのが嫌いなだけだ。


「では、先に君の質問を聞こう」

「俺からでいいのか? なら早速だけど……天族ってなんだ?」


 そこが一番重要だろう。

 この世界には魔獣と人間、それに魔族しか存在しないってのは当たり前だと思っていたんだが……天族って奴が名乗っている以上はそういう種族がいたんだろう。だが、どんな古臭い文献には天族なんて存在は一切書かれていないし、残された壁画にだってそれっぽい存在が描かれているのは見たことがない。歴史から抹消された存在……そう呼ぶべきか。


「天族とはなにか、か……難しい質問だが、端的に答えるのならば魔族と対になる存在、だな。肉体を魔素によって構成している魔族とは違い、天族は肉体を魔力によって構成している」

「肉体を、魔力で?」


 それって形として成り立つのか?


「君が今考えた通り、天族の肉体は非常に危うい状態で成り立っている。少しでも傾けば崩壊するような、欠陥種族さ」

「へぇ……」

「では、こちらの質問だね」

「は? いや、天族の種族的な説明で理解できる訳ないだろ」

「なら、次の質問でしてくれ」


 クッソ腹立つな。


「ふむ……最後にが現れてから何年経っている?」

「クラウディウス? クラディウスじゃなくて?」

「そんな表記ゆれはどうでもいい……クラウディウス悪魔の意味も変わっているのか?」


 そんなネット記事みたいなこと言われても知らんし。


「いや、そもそも人間社会にクラディウスなんて名前は存在していない。俺が知っているのは魔族、そこのヴァネッサが教えてくれただけだ」

「なんと……では、1000年以上経っているのか?」

「詳しい年代は知らないけど、大体2000年前らしい」

「2000年か。随分と時間が経っているな」


 こいつ、もしかして2000年前から生きてるのか? 魔族の中には2000年前から生きている存在だっているって聞いたから、あり得なくはないけど。


「よし、君の質問をしてくれ」

「……」


 俺はここで何を質問するべきだろうか。

 候補は、奴が言ったクラディウス、何かを知っていそうなグリモア、2000年前のシンバ王朝、天族と魔族と人間の関係性、聞くべきことは沢山ある。質問し合うのだから順番に聞いていけばいいと思うが、それは相手に質問したいことが同数存在した場合のみ成立する話だ。もし、俺がクラディウスのことを聞いて次にルシファーが質問してそれで満足したら……それ以外のことは知れない。

 優先順位を決めなければならない……的確に情報を得るには、俺が頭を働かせるしかない。


「……賢い男だ、しっかりと状況を理解しているな」

「クラディウス、終末の竜について詳しく全てを教えろ……特に、その存在が何故人類の文明を滅ぼし、定期的にやってくるのかを答えて貰おう」

「いいだろう、それが君の本当に知りたいことだな」


 ルシファーが不敵に笑っているのが見える。俺の質問に問題はないはずだが……ここで一番面倒なのは、実は意味深なことを言っているだけで、終末の竜についてなんて何にも知らないので答えられませんってのが一番ムカつく。


「世界にとっての脅威、そして人類が行った原罪ともいえる存在、その始まりから全てを話してやろう」

「原罪?」

「そうだとも……クラウディウスは、人類が生み出した存在だ」


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