第115話 魂

 不思議と、エリクシラにこちらを問い詰めるような意思は感じられない。多分、ただ自分の推理が合っているのか確かめたかっただけなのと、俺がそのことをどこまで気にしているのかを知りたかったんだと思う。

 エリクシラはどこまで行っても魔法騎士と言うよりは、研究者気質な人間だ。魂が2つ、グリモアが2つある人間なんてものが目の前にいれば、そりゃあ気にもなるだろう。


「あれが魔法だとは思わなかったんだ」

「何度も言いますけど、完全に魔力を弾ける物質なんて存在しません。それを生み出せるとしたら……この世界に存在する物質とは全く違うもの、つまりグリモアになります」

「……」


 正直、どうするべきか迷っている。ここでエリクシラの言葉を肯定して、俺が2つの魂から2つのグリモアを使っていることをしっかりと喋るべきなのか、それとも今まで通り惚けて全てをなかったことにするのか。少し前までの俺だったら、多分なんのことかわからないって惚けていたと思うんだが……クラディウスのことを考えると、仲間に隠し事なんてしない方がいいのかもしれないと思った。

 クラディウスに皆で対抗しようとしていることを考えると、秘密なんて全てなくして喋った方がいいのかもしれないが、俺は恐れている。前世の記憶を持ち、この世界の人間とは全く違う存在であるという事実は、排斥されるのに充分な異物感だろう。人間のことを信用しているからこそ、俺はそれを恐れ続けている。


「言いたくないならいいです」

「そう言う訳にも、いかないんだよな」


 エリクシラなら、エレミヤなら……言いたくないなら言わなくていいと、そう告げてくるだろうとはずっと考えていた。だけどそれは、甘えの感情だ。


「……俺の中には、確かに2つの魂がある」

「だから、言いたくないなら──」

「必要なことなんだ……これから、俺たちがちゃんと団結するには」


 俺の言葉を聞いて、エリクシラが何を思い浮かべたのかはわからないが……口を閉じてくれた。


「なんで、とかは俺にもわからないが、とにかく俺の身体の中には2つの魂があって、片方が偽典ヤルダバオト、もう片方が原典デミウルゴスのグリモアを発現している」

「普段から、つけていたんですよね? ずっと指輪とか腕輪とか……お洒落だと思っていたんですが、まさかグリモアだったとは思いませんでしたけど」


 能力とかはまだ説明するつもりもないけど、ただそういうグリモアを俺が持っていて、エリクシラの予想通り2つの魂を持っていることは告げたい。

 何と言うか……俺も想像以上に、エリクシラに絆されている気がする。


「問題はここからなんだが……俺は自分の中にあるもう1つの魂をしっかり知覚することができる」

「つまり?」

「意識があるはずなんだ……俺の中にいる、本当のテオドール・アンセムも」


 そうだ……意識がなかったり、魂が融合しているのならばきっとグリモアは1つになっているはずなんだ。なのに、偽典と原典に別れているのは俺と本来のテオドール・アンセム、その魂が融合していない証拠だ。


「……まず、その本当のテオドール・アンセムってやめませんか?」

「なんでだ?」

「貴方にとっては自分が偽物で、その魂が本物のテオドール・アンセムなのかもしれませんが……私にとってのテオドール・アンセムは、貴方なんですから。自分が何者でもない、人の人生を奪った偽物なんだって思うのを、やめた方がいいです。と言うか、私が不快なのでやめてください」


 な、なんて自分勝手な女だ。でも……ちょっとだけ救われた気もする。

 自分が偽物だと決めつけるのをやめろ、か。そんなこと自分では考えているつもりもなかったんだが、エリクシラから見たらそんな風に振舞っているように見えたのだろうか。


「そもそも、自分が偽物なんですって言う割には、性格も口調も全く変わりませんし……ずっと素で喋ってたんじゃないんですか?」

「そう、だけど」

「なら余計にただのテオドール・アンセムじゃないですか。私はそもそも、貴方の中の本物さんなんて存じませんし」

「俺も」

「は? 自分も知らないのに本物とか偽物とか言ってたんですか? 馬鹿ですね」


 馬鹿ではない。


「まぁ、偽典の見た目の白さから言って、テオドール・アンセムさんはもっと高潔な人に思えますけど……貴方の原典は黒いですから、私の知っているテオドール・アンセムにお似合いですよ」

「それは馬鹿にしてるよな?」


 慰めてないよね?

 そんでもって、グリモアの見た目の色で性格がわかるとか絶対に嘘だよね。


 はぁ……なんか、エリクシラの好き勝手な考え方にはちょと考えさせられるな。


「そう言えば……私が貴方に好意を向けていることには気が付いているのに断っていたのは、もしかしてその偽物と本物の話があるからですか?」

「え、面倒なだけだが?」

「……ちょっとでも貴方の精神状態を心配した私が馬鹿でした! ならさっさと責任取ってくださいよ!」

「なんの責任だよっ!?」


 突然エリクシラに押し倒されてびっくりしているのだが、それ以上にゴミを見るような目でこちらを見下ろしてくるヴァネッサの方が気になるって!


「アンタたち、私に偵察させておいて乳繰り合うとか、ふざけてんの?」

「まだ乳繰り合ってません! 今からするところでしたけど」

「……ちょっとテオドール、こいつ頭大丈夫なの?」

「悪い……多分打ち所が悪かったんだ」

「そう……お大事に」

「お座り」

「ぐぇっ!?」


 ヴァネッサは俺とエリクシラが共有で契約しているので、エリクシラの命令にも絶対に逆らえないんだったな。犬のように強制的にお座りさせられているヴァネッサは、なんとかしろと俺の方を見てきた。


「……お手」

「殺す!」


 そう怒るなって。


「それで? 上はどうだった?」

「……うじゃうじゃいたわよ、あの機械」

「攻撃された?」

「されたけど……さっきの奴らほど苛烈ではなかったわね。戦闘用じゃなかったのかしら」

「へぇ」


 そもそもナグルファルに戦闘用と非戦闘用があるなんて聞いたこともないけど、そもそも王国の研究者たちもこんな奥までは踏み込んだことがないはずだから、当然のことか。


「城は?」

「すぐ目の前。方角で言うと……あっちね」

「……道ありませんけど」

「嘘だろ」


 俺はてっきりこの地下通路が城跡まで続いているものだと思っていたんだが……本当に上の遺跡とは全く別物なのか? でも、この広場にはあんな強力なロボットがいたんだから、なにかしらを守っていると思うんだが。


「とりあえず、ここを調べてみるか……なにかあるかもしれないしな」


 これでなにもなかったら……大量のナグルファルの中を突っ切っていくことになるのか? 死んじゃうぞ。

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